ITサービス業界における営業職の賃金制度を議論する前に,記者が耳にしたある営業担当者のエピソードを紹介したい。日経ソリューションビジネス編集部の記者が以前,ある輸入車販売会社に取材に伺ったときの話だ。

 名古屋に本社を置くその会社,オートトレーディングルフトジャパンの南原竜樹社長は,学生時代に高級外国車の並行輸入業を興し,今ではMGローバーなど複数メーカーの正規輸入代理店も手掛けるなど成功を収めた人だ。日本テレビ放送網系の番組「マネーの虎」に出演していた,端正な面立ちの“虎”(投資家)の1人といえば,「あの人か」と思い出す読者の方も多いだろう。

 その南原社長が,ネット事業への取り組みを取材に来た記者に「IT業界に『A社』という外資企業があるらしいが,一体どんな会社なの?」と逆に質問をしてきた。話を聞くと,その会社の若手社員にフェラーリを売ったというのだ。

 その経緯がすごい。ある日,南原社長の会社に「おたくからフェラーリを買いたい」という電子メールが届いた。高額商品である車を購入するなら,普通は顧客が自ら店舗を訪れ,実車を見たり営業担当者と商談を進めながら契約,納車と手続きを踏むものだ。数千万円はするフェラーリともなると,南原社長や同社の幹部が自ら顧客とあいさつを交わすことも多い。しかしそのメールの主は,車の品定めをする時間も惜しいのか,自らは店舗に出向かず指定のフェラーリを納車しろという。

 “不審さ”も漂うそのメールの主にオートトレーディング側から連絡を取ると,送信者は会社経営者でも実家が資産家というわけでもなく,普通の若い男性の会社員。『A社』に勤める現役の営業職だという。さらに,南原社長を驚かせたのが,その若い会社員が,事もなげに「支払いはキャッシュの一括」に応諾したことだ。結局,南原社長は初めて,来店もしない顧客にフェラーリを売ったそうだ。破天荒なビジネス・スタイルで輸入車ディーラー業を成功させた南原社長も,記者を前に「若い会社勤めが,即金でフェラーリを買う。それだけの給与を払う勤務先は,一体どんな会社だ?!」と,終始納得が行かない様子だった。

「成績上げればすぐ高給」は“劇薬”だ

 A社は,ERPパッケージ(統合業務パッケージ)を手がける外資系企業。先日,この話をA社の人事担当者にぶつける機会を得た。すると,この人事担当者は「うちの社員なら,ありそうな話」と半ば苦笑しながら答えてくれた。「確かに,とりわけ営業職の賃金制度は『成果を上げたらドカンと返す』のが当社の特徴。30代前半で,上場企業の役員並みの報酬を得るトップ営業もいる」

 「しかし,これは“劇薬”でもある」とこの人事担当者は続ける。「大きな成果を出して,年棒が2000万円,3000万円に跳ね上がれば,その営業担当者は,フェラーリを買ったり,高級イタリアン・レストランの常連になってその達成感を噛みしめるかもしれない。しかしそのありがたみは間もなく忘れる。やがてフェラーリや高級イタリアンを当たり前に感じ,キツい薬のように,効果が持続しなくなる」

 そこでA社の人事部は,“劇薬”は続けながらも,個人の年度売り上げや利益には表れない「努力」や「種まき」の部分にも一定の評価を与え,ステップアップしようとする営業担当者のモチベーションを支えるよう制度設計に配慮し始めたという。

「成果主義」への反動は,営業職にも当てはまるか

 前置きが長くなってしまったが,日経ソリューションビジネスでは2004年11月15日号で,ITソリューションを提供する企業の営業職を対象に,賃金制度の実態や,現状の制度・待遇に対する意識に迫ろうという趣旨の特集を準備中だ。

 読者の関心が最も高いと考え,今回の特集のテーマに設定したのが,いま営業担当者が「成果や能力に基づいた賃金制度」にどう向かい合っているかだ。

 日本企業にも,90年代後半から成果主義の賃金制度が浸透してきたが,その反動として,効果への疑問や制度の見直し論などが起きている。学術的立場から成果主義を批判した「虚妄の成果主義~日本型年功制復活のススメ」(高橋伸夫著,日経BP社刊)に続き,今年は「内側から見た富士通~「成果主義」の崩壊」(城繁幸著,光文社刊)と,成果主義の問題を取り上げた本が売れていることからも,この問題への世間の関心の高さが分かる。

 後者の本は,1993年にいち早く成果主義を取り入れた富士通の問題を,元富士通の人事部社員がつづったもので,現在ビジネス書の売れ行き上位にランクインしている(特集記事では,著者の城繁幸氏に伺った意見も紹介する予定だ)。

 営業職が,管理部門や技術・開発部門などの他の職種と違うのは,「年度に稼いだ売上高,利益」という分かりやすい指標があることだ。実際に,成果主義によって賃金が最もドラスティックに変わりうる職種であり,先のA社のように,一部外資系には,数千万円を稼ぐトップ営業もいる。

 確かに,“劇薬”という指摘もある。一方で,営業たるもの「成果を出せばドカンと返す」式の賃金制度でこそ,“燃える”という意見も多いのではないか。また営業に元気がある会社ほど,成果主義賃金を肯定し,それで好業績を上げているのかもしれない。

 そう考え,今回の取材では,日本の企業の中でも,まず「営業力が会社をドライブしている」ようなITサービス業2社を訪れた。