数年前,携帯電話事業者各社が端末のバッテリー持続時間を伸ばすためにどんな技術を使っているか調査したことがある。当時はNTTドコモの第3世代携帯電話サービス「FOMA」がスタートしたころで,主流だったPDC方式の携帯電話に比べてバッテリーが持たないことが指摘されていた。

 実際,最初のFOMA端末の連続待ち受け時間はわずかに50時間程度だった。日経コミュニケーション編集部でもこの機種を購入したが,通話やデータ通信の頻度が高いと1日で電池切れになることがしばしばあった。FOMAの利用者数も鳴かず飛ばずの状態が続いた。

 その後FOMAはモデル・チェンジのたびに待ち受け時間を延ばし,約200時間に迫った2003年春ごろから加速度的にユーザー数を伸ばしていった。バッテリー持続時間だけがFOMA躍進の要因だとは思わないが,サービス・エリアの広さなどとともに携帯電話の基本性能の一つとして,ユーザーがシビアに評価する部分であることは間違いない。

 こんな話を思い出したのは,発売当初のFOMAと同じような課題を抱える製品が企業ユーザーの間で注目を集め始めているからだ。その製品とは,無線LANを利用して内線電話のワイヤレス子機として使える携帯型の無線IP電話機である。

導入する企業も端末の待ち受け時間を課題ととらえている

 無線IP電話機(携帯型IP電話機)は,オフィスに設置した無線LANの基地局に接続して,VoIP(voice over IP)電話モードで通話する。無線基地局経由でIP内線電話網に直接収容できることや,社員がオフィスのどこにいても連絡をとれるという利便性から,本格導入に踏み切る企業が登場している。

 加えて,携帯電話最大手のNTTドコモがFOMAと無線LANの一体型端末「N900iL」を11月をめどに発売する計画(関連記事)。1台の端末を携帯電話としても内線電話機としても使えるようにする,いわゆる「モバイル・セントレックス」を実現するもので,大阪ガスなど採用を表明する企業が相次いでいる(関連記事1関連記事2)。

 日経コミュニケーション10月15日号の特集では,最近登場してきたこの無線IP電話機の音質などを独自にテストした(「無線IP電話をダイナミック・テスト 切り替え時間と同時接続台数を実測!」)。誌面の都合上,この特集ではバッテリー持続時間までは検証できなかった。しかしテストに先立つ取材では,すでに無線IP電話機を導入したか検討中のユーザーは一様に,端末の待ち受け時間を問題視していた。現在市販されている端末の連続待ち受け時間は数十時間程度で,最初のFOMAと同水準にある。

 もちろん「社内だけで使う無線IP電話機なら,バッテリーは1日か2日持てば十分。帰宅する前に充電器に接続しておけばいい」という意見も少なくないだろう。さらにここへきて,連続待ち受け時間が100時間超に達する製品も登場してきた。例えばNTTドコモはN900iLの待ち受け時間を「FOMAとの同時待ち受け時で最大150時間」とうたっている。

 だが残念ながら,FOMAのときと同じように無線IP電話機のバッテリー持続時間も,カタログ・スペック通りになるとは限らない。ある無線IP電話機メーカーによれば「端末やAPのチューニングが不十分だと,数十時間持つはずが6~7時間で電池切れになるケースもある」というのだ。この水準だと,どこでも使える内線電話機として本格活用するには厳しい。一見地味な話だが,どうやら携帯電話のように一筋縄ではいかない問題点がありそうだ。

省電力モードの活用が不可欠

 ここでまず冒頭の「携帯電話のバッテリー持続時間を延ばす技術」に戻ってみよう。すぐに思いつくのは,端末の内部にある電子部品を消費電力が低いものに置き換えたり,ノート・パソコンのように“スリープ状態”にしてしまうという方法。だが携帯電話の場合,これだけでは不十分である。端末をどこに持ち歩いていてもかかってきた電話を着信できるようにするために,基地局と端末の間で定期的に制御用信号をやり取りする必要があるからだ。

 このため携帯電話では「間欠受信」という仕組みを使ってバッテリー持続時間を延ばしている。間欠受信とは,待ち受け時に基地局からの電波を一定間隔空けて受信すること。常時受信している状態よりも,消費電力が少なくて済む。ただし受信間隔が長すぎると呼び出しに時間がかかったり,電話がつながらない確率が高まる。

 この間欠受信の間隔をチューニングしたり,制御信号を受信する際の消費電力を押さえ込むことが,携帯電話のバッテリー持続時間を延ばす秘訣というわけだ。

 実は無線LANの標準仕様であるIEEE 802.11規格でも,間欠受信の仕組みが「省電力モード」として定義されている。前述の無線IP電話機メーカーによれば「連続待ち受け数十時間」は,この省電力モードを設定した場合の数値だという。NTTドコモも「連続待ち受け最大150時間」というN900iLのスペックについて,省電力モードを端末と無線LAN基地局の双方できちんと設定した場合に引き出せるとしている。

 つまり無線IP電話機のバッテリー持続時間を実用レベルに保つためには,省電力モードの活用が大前提となる。

 また,省電力モードを利用していても,端末と無線LAN機器の組み合わせによってバッテリー持続時間がカタログ・スペックより短くなる可能性がある。しかも,ある無線IP電話機の先行導入企業では当初,端末が省電力モードに入った場合に電話の呼び出しを受けても,着信できないケースさえあったという。

 これらの問題の原因は,端末や無線LAN機器のメーカーごとに,省電力モードの“解釈”が違っていたため。省電力モードに入った際や,発着信するために省電力モードから抜ける際の制御信号の手順が,端末と無線LAN機器との間で微妙に異なっていたのである。こうしたことから現在,無線IP電話機や無線LAN機器のメーカーは様々な製品の組み合わせについて,省電力モードなどの通信手順のすりあわせを進めている段階だ。

 このように無線IP電話機には,企業ユーザーが接続先の無線LAN機器を選べるという自由度がある一方で,事業者が端末と基地局の通信仕様をコントロールできる携帯電話には出てこないような課題がある。無線IP電話機を導入する際にはカタログ・スペックだけではなく,組み合わせる無線LAN機器との接続性を確認したり,通信手順のチューニングをきちんとした上で良しあしを判断すべきだろう。

(高槻 芳=日経コミュニケーション)