筆者が所属する「日経ソフトウエア」では,しばしばフリーソフトを取り上げている。日経ソフトウエアはプログラミングの雑誌なので,取り上げるフリーソフトはほとんどが開発ツールである。フリー・ソフトウエア,あるいはオープンソース・ソフトウエアといえば,LinuxやEclipseのような大物が思い浮かぶかもしれないが,日本で作られたフリーの開発ツールも少なくなく,作者に直接話を聞ける機会も増えてきた。

 普段,雑誌に書いている話題の中心はその使い方だが,背景にある事情もいろいろと面白い。ここではフリーソフト作者二人の,雑誌に載らないかもしれない話題を紹介したい。

日々の雑用から生まれたプログラミング言語「ひまわり」

 一人はプログラミング言語「ひまわり」の作者,クジラ飛行机(山本峰章)氏である。ひまわりの最大の特徴は日本語でプログラムを書けることだ。例えば,画面に「こんにちは」と表示するには,

「こんにちは」と、表示。

と記述したプログラムを実行すればよい。条件分岐や繰り返し処理などのステートメントも日本語で記述する。もちろん,山本氏自身もひまわりのヘビー・ユーザーである。フラッシュ・メモリーのモジュールに処理系を丸ごと入れて持ち歩き,出先で何か頼まれたらちゃっちゃとこなしているという。

 山本氏がひまわりを開発したきっかけは,会社勤めをしていたときにパソコンを使う細々とした雑用の多さに閉口したこと。雑用を手早くこなせるツールが欲しいという自らのニーズに,「日本語でプログラムを書ける言語」というアイデアをくっつけて新しいプログラミング言語を自分で作ってしまった。

 このため,ひまわりにはマクロ言語的な機能も豊富に備わっている。Excelを起動したければ

エクセル起動。

と書けばよい。起動したExcelの任意のセルを書き換えたり,文書の保存,印刷などもそれぞれ一行で書ける。多数の画像を一つひとつ縮小してHTMLで一覧表示できるページを作る,といった処理もごく少ないステップで記述できる。

 アルファベットで記述するプログラミング言語に慣れている人の中には,この日本語のコードを気持ち悪く感じる人もいるかもしれない。しかし,例えばプログラミングを全くやったことがない人がちょっとかじってみるには悪くない。パソコンで日本語入力ができて当たり前となった現在,キーボードから打ち込むものといえば日本語が通常で,アルファベットはメール・アドレスやパスワードを打ち込むときくらいしか使わないというユーザーも結構いるからだ。ちょうど,BASICが「英語に似ていて,初心者が学習しやすい」と言われたのと似た状況である。

 山本氏は,現在はフリーランスで活動している。将来の夢を尋ねたら,「海外でゆっくりとプログラムを書いて過ごすこと」という答えが返ってきた。プログラミングが楽しくて仕方がないという,非常にうらやましい人なのだ。ひまわりの後継版である「なでしこ」という処理系の開発が,情報処理推進機構(IPA)の2004年度未踏ソフトウェア創造事業の「未踏ユース」に採択され,週に6日のペースでなでしこの開発作業に没頭しているという。2005年早々にもリリースという目標があるので「ゆっくりと」とはいかないようだが。

力試しに作り始めたツールが「未踏ソフト」に

 もう一人は統合開発環境「WideStudio」の作者,平林俊一氏である。WideStudioは,様々なOS上でGUI(Graphical User Interface)アプリケーションを作れるツールだ。WideStudioの中核にあるのは,各OS上で共通に動くGUI部品(ウィジェット)ライブラリである。このライブラリを使ってアプリケーションを作れば,各OS向けに再コンパイルするだけでどのOSでも同じプログラムを同じルックアンドフィールで動かせるというわけだ。

 WideStudioの対応OSはWindows(9x系,NT系,CE),Linux,Mac OS X,FreeBSD,Zaurusなど幅広い。このWideStudioをITRONベースのプラットフォームであるT-Engineへ移植する計画は,やはり2003年度の未踏ソフトウェア創造事業に採択され,平林氏は「天才プログラマー/スーパークリエータ」にも認定されている。

 平林氏がこのWideStudioを作り始めたきっかけは,「自分はどれほどのものを作れるんだろう」という力試しのつもりだったそうだ。一人で基本的な枠組みを作り上げ,それをオープンソースにした。

 平林氏は富士通勤務。オープンソース・ソフトウエアがビジネスを生むという考え方がここ一年ほどで広く認知され,今でこそユビキタス・コンピューティング推進業務の一環としてWideStudioを扱えるようになったが,開発を始めた当初は,WideStudioは完全に私的なものだった。夜遅くまで会社の業務をこなし,家に帰ってから夜中の3時,4時までかかってWideStudioの開発を進めたというから頭が下がる。

 もっとも,本人は5万~7万人ものユーザーを擁するWideStudioの開発については「地味な作業ですよ」と謙遜し,「天才」への認定についても「プログラムを書くのは本業ですからね」と至って控えめなのだが。

 かたやフリーランス,かたや会社員と対照的な二人だが,誰かが作ったソフトウエアがあふれる今の時代でもプログラミングはやっぱり面白いものなのだということを実感できて,プログラミング雑誌の編集記者として大いに奮起させられる。作者が楽しんで,時には睡眠時間を削って作ったこれらの成果を,筆者も楽しんで――時には睡眠時間を削って――近いうちに雑誌でお届けしたい。

(斉藤 国博=日経ソフトウエア)