ソフトバンクBBの「BBフォン」に代表されるIP電話は,安いことが最大のウリだ。IP電話のユーザーは確実に増え続けている一方で,加入電話とISDNを合わせた従来の“NTT電話”の契約数は毎年減り続けている。光ファイバとセットにした「光IP電話」も相次いで登場し,電話の“IP化”は,多くの人が時代の流れととらえているだろう。

 ところがこの流れに逆らう通信事業者がいる。ソフトバンクの傘下に入った日本テレコムがそれ。孫正義ソフトバンク社長は8月30日,300人近くの報道関係者やアナリストがつめかけた東京・帝国ホテルで会見を開き,12月から開始予定の新型の電話サービス「おとくライン」を大々的に発表した(関連記事)。

 発表されたおとくラインの通話料は,従来の長距離電話サービスに比べて,半額程度。その後,KDDIが「メタルプラス」という対抗サービス(関連記事)を出してきたので,日本テレコムは再度対抗値下げ(関連記事)。おとくラインの通話料も全国一律約8円というIP電話と同等レベルまで下がった。

 このおとくラインというサービス,IP電話じゃないのだ。電話局に交換機を設置するいわゆる「回線交換型」と呼ぶ昔ながらの方式を使った電話サービスなのである。しかし,だからといって従来の電話のように高いわけではなく,IP電話並みに安いというから不思議だ。

ADSL使うIP電話ではNTT電話が必要だったが

 通話料が安いだけではなく,IP電話と違ってNTT電話を解約できることがうれしい。ADSLを使うIP電話の場合,電話線の使用料をNTTに支払う必要があり,その額がNTT電話の基本料と同じ水準だったためNTT電話を解約するメリットはあまりなかった。仕方がなくADSLのIP電話とNTT電話を併用している人も多いだろう。実際の通話はIP電話ばかりでNTTの電話を使うことは滅多にないのに,基本料だけはNTTにちゃっかり毎月引き落とされていることに,なんとなく不満を感じるかもしれない。

 ところが,おとくラインではNTTを解約できる。このため,NTTに基本料を支払わずに済むのだ。基本料の支払い先は日本テレコムになる。ここが,従来の日本テレコムの電話サービスと根本的に違う点である。従来の日本テレコム電話の場合,基本料はNTTに支払っていた。日本テレコムをマイラインの「市内区分」に選ぶことはできたが,NTT電話を解約できるわけではなかった。

 その基本料がNTTより高ければ意味がないが,おとくラインの基本料,これがまた安いのだ。プッシュ回線使用料などの付加サービス料金を含めると,従来のNTT電話よりかなり安い。発表時の基本料(住宅用)は,契約者回線数が40万以上の区域「3級取扱所」で月額1627円。プッシュ回線使用料などは無料である。従来のNTT電話の場合,1837.5円の基本料にプッシュ回線使用料として月に409.5円かかっていた。

 ちなみに,おとくラインの発表からおよそ1カ月後,NTTが対抗値下げを発表したため(関連記事),NTTと日本テレコムの基本料の差は少なくなった。ただ,それでもおとくラインの方がNTT電話より安い。

 NTT電話を解約できるのは,ユーザー宅とNTTの局舎との間の電話線を日本テレコムが所有する格好になるからである。といっても,日本テレコムが新たに電話線を各家庭にまで敷設するわけではない。使うのはこれまで通りNTTが敷設した電話線である。実際には,日本テレコムが電話線をNTTから安く借りて,ユーザーに対して自社の回線として提供する方法を採る。ユーザーが支払う電話の基本料は簡単に言うとこの電話線の使用料に相当するので,日本テレコムに支払う形になるというわけだ。

回線交換型の電話は高い交換機が必要

 このように,おとくラインは「安さ」を前面に出した新型の電話サービスだが,中身はIP電話ではない。回線交換型の電話である。「回線交換型の電話は高い」というのが,これまでの見方だった。回線交換では,電話交換機という“高価で大きい装置”が,電話をかける人と受ける相手が占有できる通話路「回線」を自動的に設定する仕組みになっている。この高い装置は,1カ所に1台あれば良いわけではなく,電話会社の中継ビルなどのあらゆる場所に分散配置される。

 これに対してIP電話は,通話の音声をIPネットワークの上にデータとして流してしまうやり方。電話をかける人のIPアドレスが分かればいいだけなので,でっかい交換機など要らない。かける相手の電話番号から相手のIPアドレスが割り出せれば,それでいい。電話番号とアドレスの対応関係を管理する1台のサーバーがあれば事足りる。だから,コストを抑えられるのだ。・・というのが,まあ一般の認識だと思う。

 確かに,日本テレコムは昔から電話サービスを提供してきたので,償却済みの電話交換機は既に持っている。しかし,それらは「中継交換機」と呼ぶNTTの電話網を足回りに使うことを前提とした交換機である。NTTが使っている各家庭の電話回線をまとめて収容する「加入者交換機」を日本テレコムが新たに導入すると,膨大なコストがかかるのではないか。

 実は,回線交換型でNTT電話より安い電話サービスは,既に平成電電が提供済み(関連記事)。だが,IP電話で大規模な営業展開を繰り広げてきたソフトバンクが追従したという点で,今回の件は面白い。

 こうして見るとIP電話じゃない理由,誰だって気になるものである。「実はIP電話って,安くないの?」 なぜ日本テレコムはトレンドに逆行するようなことをするのか。まあ,時代に逆行とはいえ,結果的に電話料が安かったりユーザーにメリットがあれば文句は言えないのだが,少し気になるのが本音だろう。

 日本テレコムはなぜ回線交換を選んだか。そこには,IP電話の「死角」があったのである。例えば,ユーザーから電話用の基本料を徴収する権利の問題,電話回線のコストの問題,「ナンバーディスプレイ」や「プッシュ回線」などの付加サービスの問題,ADSLと電話回線を重畳する場合の問題などだ。

 IP電話にすると,「別にコストがかかる」「とれる金がとれなくなる」などのビジネス上の理由がある。そうした問題のために,日本テレコムは回線交換型で始めることを決断したのだ。さらに,NTT電話が“バイパス”されることにより,別の問題も出てくる。場合によっては,IP電話が値上がりする可能性もあるのだ。詳しくは,少々先になるが,11月1日号の日経コミュニケーション特集「今,なぜ回線交換サービスか? 日本テレコムが始める新固定電話の謎」(仮題)をお読みいただきたい。

(米田 正明=日経コミュニケーション)