技術の最先端を追うと,どうしても未来や将来の展望に目を向けざるを得ない。このところ未来のテクノロジがどのように展開していくかに頭を悩ませる企画が多い。

 当たるも八卦,当たらぬも八卦なテクノロジの将来なのだが,「これは実現するとおもしろいのでは?」と思わず期待してしまう技術には,どこかしら似たようなものを感じている。個々の技術の間には何の接点もないし,見据えているアプリケーション像も異なる。でも,それらの技術からは共通の“ニオイ”があるように思えるのだ。

 そのニオイは,新しい技術を導く時代の空気のようなものから発せられているような気がする。ニオイというだけではなかなか普段は記事にしづらいのだが,今回はちょっとぶっちゃけさせていただいて,何となく感じる未来へのリアリティ,期待感はどこから来るのか,そうしたニオイって何なのかを,この場を借りて考えてみたい。

井戸端,チラシ,ステ看板――P2P

 すでに実現されているため,未来的という感じはあまり持てないかもしれないが,Peer-to-Peer(P2P)は今後が楽しみな技術である。ファイル交換・共有ソフトと著作権侵害が密接に結び付いてしまい,Winny作者の逮捕といった社会的事件にまで発展してしまったために,P2Pには「悪」のイメージが定着してしまったのは残念だが,P2P自体の可能性は極めて大きく,今後の発展動向から目が離せない。

 P2Pの面白さは,あて先も不明,発信者も不明,それなのに情報は出したい人から受け取りたい人にきちんと受け渡されるシステムを作れる点にある。

 こんな例を考えてみよう。ある地域のスーパーがその日の特売情報をネットワークで告知したいとする。今の枠組みでやろうとするなら何らかのサーバーを設置して,Webサイトを通じて告知したり,特売情報を求めるユーザーを募ってメールで配信したりということになる。

 ただ,Webサイトにしろ,メール配信にしろ,積極的に情報を求めているユーザーという限られた人にしか情報は伝わらない。不特定多数に知ってもらって来店してもらうという目的を満たしてくれない。むしろ,チラシを配るという旧来のやり方が効率的といえる。異なる業種や業態なら,ステ看板なども同じような効果が期待できるだろう。

 実際に来店するのは,あらかじめ「どうしてもその店で買い物をしたい」と思って積極的に情報を集める人ばかりではなく,配られてきた情報を見て「あ,今日はここに行ってみようかしら」と思う人も少なくないだろう。そのような人にとって情報は,「取りに行く」のではなく,「勝手にやってくる」のが理想なのかもしれない。たまたまある地域に出かけた人が,情報をたまたま見ることでさらなる行動が喚起されることもあるだろう。「それなら,ちょっと遠回りになるけどせっかく来たのだから足を延ばしてみようかな」。ここが大事なところだと思う。

 情報を発信したい人は,誰とは分からないが自店のエリアに来そうな人に情報を渡したい。受け取る側にとってみれば,決してそのエリアには住んでなくても,その地域に通っていたり,たまたま行くことになっていたり,移動ルートの途中にあったりするならば,一応はおトクな情報は手に入れておきたい。

 こんなときにP2P的な情報配信が力を発揮しそうだ。発信者は情報をP2Pシステムに乗せる。恐らくは自分の手元にある端末の公開エリアに置くといった形になるだろう。Winny風に言えば,「放流」するのだ。「誰に送る」といったことは意識しなくていい。

 このシステムに参加するユーザーは,バケツ・リレー的に送られてきた情報を取捨選択するだけでいい。その情報が自分に関係ありそうなら取り込んで,関係なさそうなら無視すればいい。実際のアプリケーションにするには,自分のところに降ってくる膨大な情報から,自分にとって価値があると判断するためにセマンティックに選別する仕組みは必要だろう。口コミや井戸端会議で広がる情報から,自分にとって意味がある情報を選び出すのに近いかもしれない。

 こうした考え方はNTTの「SIONet」,SOBAプロジェクトの「SOBA」,名古屋工業大学の「時空間的検索システム」などに共通している。

目の前の知人は信用してもいいのでは?――セキュリティ

 セキュリティにも新しい流れができつつある。認証をすべてネットワークを通じたシステムで行わなくてもいいじゃないかとする考え方だ。例えばソニーコンピュータサイエンス研究所が開発した「Displayed Password」がその代表的な例である。

 こうしたシチュエーションを考えてみよう。取引先の人が自分を訪ねてきてくれたとする。その人が自分のパソコンに保存してあるドキュメントを印刷したいと頼んできた。ところがプリンタを使うには社内ネットワークに参加しなければならない。そのためにわざわざゲスト・アカウントを作る? それは現実的ではないだろう。

 Displayed Passwordでは,対象となる機器(この場合はプリンタ)を使えるようにするためのワンタイム・パスワードを機器のディスプレイに表示させる。この表示を見ることができるユーザーなら,一時的にプリンタを借用できるというわけだ。パスワードの有効期間をうまく設定しておけば,あとから再度アクセスされる危険性を小さくできる。

 ここでは,プリンタに表示されたパスワードを実際に目で見るというのがポイントだ。公衆の場でプリンタを開放するといった使い方には向かないが,目の前にいる来訪客が誰なのかは分かっている。その時点で,人による認証は済んでいると考えられる。ならば,電子的な認証は簡素にしてしまってもいいとするのがDisplayed Passwordの考え方だ。

 セキュリティ・ソリューションとしてはまだまとめられていないものの,松下電工が開発した「タッチ通信システム」なども,こうした考え方が応用できそうな技術だ。人体を通信メディアとするので,人同士が接触していれば通信できる。人が意識的に触れ合う。その時点で,当人同士の間にはある程度の信頼が築かれている。それをベースに認証システムを簡素にするといった,必ずしも厳格なばかりではない,その場に適した使い勝手に優れるセキュリティの仕組みが生まれてきそうだ。

 こうした例を挙げてみて,記者自身が思わず期待してしまう未来像がどういうものか,なんとなく見えてきた気がする。

 それは,どの技術も人間の物理的な活動と結び付いているという点だ。P2Pの例で言えば,実際にそのスーパーに買い物に行くという行為。セキュリティでは,目の前に対象となる人物が確かにいるという存在の認知。こうした日常的な行動や判断とネットワークやコンピュータがうまく結び付いているところに,記者は未来を感じるのだ。なるほど,それが“ニオイ”の正体だったのか。

 さまざまなところでテクノロジの将来像,今までにないユーザー・シナリオが提示されており,未来のコンピューティングがどのようになっていくのか,考える機会も少なくないだろう。みなさんは,どういう技術のどういったところに“未来”を感じますか?

(仙石 誠=日経バイト)