これまで,このやり方が当たり前だと思って仕事をこなしてきた。けれど,現在の状況では最も適切なやり方ではないような気がする。しかし,手本のない新しいプロセスをどうやって作っていけばいいのか。また,一人でやっている仕事ではない。周りの人間をどうやって巻き込んでいけばいいのか。

 そんな風に感じられたことのある方はおられないだろうか。記者は長崎県のCIO(Chief Information Officer)である島村秀世氏にインタビューを行った(「抵抗と戦い自治体の『丸投げ意識』を変えた」)。長崎県庁では,自治体のシステム構築プロセスの常識を覆す改革が行われた。その改革プロセスの中に「昨日と違う仕事のやり方」を実現する多くのヒントがあると感じた。

ベンダー任せに慣れきっていた構築方法を変える

 長崎県では現在,詳細設計書を含むシステムの仕様書を県庁の職員が自ら作成している。仕様書までベンダーに丸投げすることが多いと言われる自治体のシステム構築では異例だ。

 このような構築手法を採る理由は,地元のIT企業を育成するためと,コストを抑制するためだ。規模の小さい地方のIT企業がこなせる仕事の大きさには限界がある。そこで,県が仕様書を作成し,分割して入札を実施することによって,中堅・中小の企業が応札できるようにする。仕様が明確でリスクが低くなることと,いわゆる“ITゼネコン”が介在しないことで,コストも抑えられる。

 この手法により構築された,文書管理システム,電子決裁システム,電子申請システムなどがすでに稼働している。従来は全国展開している大手企業がほとんど受注していたが,地元企業が半数を占めるようになった。また,LinuxやMySQL,PHPなどのオープンソース・ソフトウエアの採用も寄与しコストも半減したという。

 従来のIT業界の常識を否定するような構築手法を作り上げ,しかも自治体の職員にまで浸透させることができたのだろうか。

本来の目的は何か,そのための最適な方法を考える

 まずは従来の方法に対して本来の目的は何か,そのために今の状況で最適な方法は何かを考えることだ。もちろん現在の方法は多くの試行錯誤を経て確立されたものだから,より良い方法はなかなか見つからない。しかし,その方法が作られた時とは前提が変化しているかもしれない。「おかしい」と感じたことを,見逃さずに突き詰めてみる。

 島村氏は,建築技術者として出発し,28歳でシステム・エンジニアに転進した。IT業界の常識を,非常識と感じることができたのは,異業種の視点からシステム構築のあり方を見ることができたためだろう。島村氏は言う。「ユーザーとSEは互いの領域に関しては素人なのですから,素人が理解できるものでなければならない。それなのに文字だけの要件定義書を作り“仕様書の行間を読めるようになって一人前”といったやり方がまかり通ってきた」。

 島村氏が採るのは,家を建てる際の間取り図面のように,画面構成から業務担当者が仕様を検討し,デザイナやデータベース技術者といった専門家がそれを仕上げ,業務担当者と詰めていく方式だ。このように,システムの専門家でなくても設計できる手法が,職員による詳細な仕様書の作成を可能にした。

「結果が見える」「失敗できる」環境を作る

 ベンダーに任せることに慣れきっていた職員が,この新しい手法をすぐに受け入れるはずはない。島村氏は,この方法によりまず自分で文書管理システムを構築し,率先して実現してみせた。「土日もなく」(島村氏)働いたが,それだけで職員が喜んで仕事のやり方を変えたわけではない。「苦労して変えてなんになるのか」,「失敗して責任を取るのはいやだ」――人間の感情としてある意味当然のことだ。

 こういった意識を変えることができたのは「結果が見える」「失敗できる」環境を作ったことだ。すなわち,システムの単位を担当者が一人でカバーできる大きさに分割した。これにより,担当者の努力や工夫がストレートにシステムに反映される。また,小さいサブシステムであるため,失敗しても損失は小さく,簡単にやり直せる。

 こうして舞台を用意すると「担当者がのめり込む」(島村氏)。前述のようにコストが半減できただけでなく,電子決裁システムでは回覧先を自由に増やせるなど,現場の要望を実現したシステムが開発できたという。

 こんな話を聞くと,嬉しくてたまらなくなる。人には,昨日と違う明日を作り出す力が備わっているのだと感じる。

どんな小さな仕事でも,イノベーションを

 大掛かりに変えていくことだけが変革ではない。変えていくことのできるポイントは様々なところにある。

 システム・インテグレータのスターロジック 代表取締役の羽生章洋氏は「どんな小さな仕事でも,『報われる仕事』にするためには,イノベーションを実現しよう」と言う。「報われる仕事」とは,顧客に感謝され,納得して対価を払ってもらえる仕事のことだ。そのためには,顧客の抱える問題を解決すること。これまで解決できていなかった問題は,従来と同じ方法では解決できない。違うやり方を考えて,それを実現しなければならない。それがイノベーションだ,と羽生氏は言う。

 スターロジックは2003年にLinuxやPostgreSQLと,サーバー側のソフトウエアはすべてオープンソース・ソフトウエアを使い,外国為替取引システムを構築した。記者の知る限り,インターネット取引システム金融といえども,すべてオープンソース・ソフトウエアで構築した例はかつてなかった。常にこう考えて仕事をしていることが,前例のないシステムを作り上げるのかと得心した。

 また同社はシステム構築からセミナー,Webサイト製作まで大小の業務をこなす。そのことが「どんな小さな仕事でも」という言葉につながっているのだろう。さらに雑誌記事や書籍も書いている。前述の言葉は羽生氏の「幸せなITパーソンになるための いきいきする仕事とやる気のつくり方」という著書にも書かれている。

 振り返って,自分はどうなのだろうと考える。忙しさ,怠惰さから,漫然と以前のやり方を踏襲してはいないか。このトピックの結論はこう,と決め付けて,他の視点から見ることを怠ってはいないか。

 とても胸を張って「満点」とは答えられない。しかし幸いにも,様々な変革を成し遂げた方々に話を聞くことのできる仕事をしている。特にオープンソースという切り口で取材を続けていると,慣習を疑い,常識に挑戦する人々に出会えることが多いように思う。すぐにはできないかもしれないが,いつか自分なりの「昨日と違う仕事のやり方」の成果を,読者にお届けしたい。

(高橋 信頼=IT Pro)