ブロードバンド回線を使って多チャンネル放送(有線役務利用放送)とVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスを提供する,テレビ受像機向けのブロードバンド放送サービスの加入者数がなかなか増えていない。開始当初はブロードバンド回線の高速性を生かす本命と目されていたサービスだが,今のところ各事業者とも「加入者獲得のペースは想定よりも低い」と口をそろえる。

 正確な加入者数はどの事業者も公表していないが,ビー・ビー・ケーブル(BBケーブル)の「BBTV」,KDDIの「光プラスTV」,オンラインティーヴィ(オンラインTV)がぷららネットワークスと共同で展開する「4thMEDIAサービス」など,IP方式によるブロードバンド放送サービスの加入者数は合計しても数万件程度とみられる。ブロードバンド利用者がすでに1600万件を超すのに比べれば,圧倒的に少ない数だろう。

 だがここにきて各社は,加入者獲得に向けた動きを加速し始めた。提供エリアの拡大やネットワークの増強,付加サービスの拡充などユーザー獲得に結びつくサービス強化策を着実に推進している。

コンテンツは充実も,ユーザー認知に普及のハードル

 ブロードバンド放送サービス事業者がこれまで加入者をあまり獲得できなかったのは,配信する映像コンテンツの充実に時間がかかったことが一因とされてきた。ただし,すでに各社とも多チャンネル放送では20~30チャンネルを提供しており,VODでも2000~4000本のコンテンツをそろえている。CATV(ケーブルテレビ)の有料多チャンネル放送や中規模のレンタルビデオ店などに比べてもそれほど見劣りしない内容だ。

 それでもなお普及に弾みが付かない現状について各社は,「ブロードバンド放送サービス自体を認知しているユーザーがまだまだ少ないため」と分析している。インターネットの場合は,ADSLやFTTHサービスの常時接続性や高速性のメリットをユーザーはすぐに理解した。これと比べてブロードバンド放送の場合は,インターネット回線経由でテレビ受像機で放送番組を楽しめることや,都度課金で視聴するVODサービスなどに対する理解が進んでいない。

 「ユーザー調査では,いまだにパソコン向けのサービスと混同しているケースもある」という。しかし,こうしたユーザー認知の低さは,これまで積極的に広告や告知を展開してこなかった事業者にも責任の一端があると言える。

エリア拡大,新サービスの拡充で大量獲得に打って出る

 こうした中で,事業者各社は加入者の大量獲得の準備を進め,攻勢に出る時期をうかがっている。年末にかけて,互いに様子見を続けてきた状況が一変する可能性が出てきた。

 BBケーブルは2004年9月15日に,BBTVサービスを提供可能なNTT収容局をこれまでの615局から963局に増やし,西日本地域の提供エリアを拡大した。これにより,ADSLサービス「Yahoo!BB」の約400万件の加入者の約半数がBBTVを利用可能になったという。年末にかけては北日本地域にも提供エリアを広げ,念願の全国体制を構築する計画だ。オンラインTVと共同でサービスを提供しているぷららネットワークスも,現提供エリアを現在の東日本地域に加えて,西日本地域にも広げる方針である。KDDIも光プラスTVの配信チャンネルの拡充に備えて,ネットワークを増強中だ。

 他社との差異化を図る独自サービスの開発も進んでいる。ブロードバンド放送用のSTB(セットトップ・ボックス)を使って,テレビ受像機を家庭向け情報サービスの中核にしようという動きだ。例えば,BBケーブルは,放送サービスとVODサービスに加えて,オンライン・ゲームを有料サービスの一つに追加する方針である。家庭用ゲーム機でも人気を集めたゲーム・タイトルを中心に,数十~数百タイトルをそろえる。

 ぷららネットワークスも,家電メーカーと共同でブロードバンド放送受信機能を備えたAV(音響・映像)機器の開発を進めている。専用のSTBを設置しなくても,対応するデジタル家電を購入すれば,すぐにブロードバンド放送が楽しめるようになるという。

 さらに,FTTHサービスでNTTグループに対抗する電力系事業者の「パワードコム」もブロードバンド放送事業に参入する。今秋には一部地域で,映画などのDVDソフトをFTTH回線を使ってDVDレコーダーにダウンロード録画できるサービスの実験を開始する。このような新サービスが次々に出てくることで,ユーザーの認知度も徐々に高まりそうだ。

 地上波放送をブロードバンド回線経由で提供する「地上波放送の再送信サービス」の実現にも期待が高まっている。IP方式による再送信は地上波放送事業者が認めていないことなどから,まだ商用サービスは実現していない。だが地方自治体などからは,電波が届きにくく,さらにCATV局も進出していない地域の「ディジタル・デバイド」の解消策としてブロードバンド放送に期待する動きがでてきた。2004年末までに,自治体主導の実証実験も実現しそうだ。

 これまでブロードバンド放送事業者は,他社の動きを意識しながら慎重に顧客獲得を進めてきた。しかし,ユーザー認知が十分に向上してくれば,大量獲得キャンペーンに一気に打って出ようと考えている。各社は年末に向けて,そのタイミングを見極めようとしているようだ。

(滝沢 泰盛=日経ニューメディア)