Learn from mistake(失敗から学べ)――。世界最大規模の日用品メーカーである米P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)グループは,社員の失敗を強く批判するのではなく,「失敗から学べ」という文化を持つ。失敗の原因を詳細に分析して次に生かす。社員のそうした姿勢を高く評価するのだ。

 米国や英国,日本など約80カ国に事業会社を持つP&Gグループの2003年6月期決算は,過去10年間で最高の業績だった。売上高が8%アップして434億ドルに到達。純利益は19%増えて52億ドルとなり,純利益率が過去50年で最高だった。特に日本を含む上位10カ国での業績は好調で,全売上高の80%以上を占める。P&Gグループの強みは,巧みなマーケティング戦略に裏打ちされたブランド創造力,製品開発力,グローバルな企業規模である。

日本の消費者の目線に立ち返る

 日本法人であるP&Gファー・イースト・インク(P&Gジャパン)はここ数年,日本での市場シェアが低迷していた商品を次々と復活させている。ヘアケア製品の「パンテーン」や紙おむつの「パンパース」が一例だ。

 最も記憶に新しいところでは,米ブリストル・マイヤーズ スクイブが99年に日本市場へ投入し,大きなシェアを獲得できずに終わったヘアケア製品「ハーバルエッセンス」がある。P&Gジャパンが2004年4月に市場に再投入し,確固たる地位を獲得したのだ。P&Gジャパンによると,ハーバルエッセンスの2004年7月のシェアは3%強。今春に発売されたヘアケア製品の中でトップシェアである。

 昨年までP&Gジャパンが扱っていたヘアケア製品のブランドは,パンテーン,ヴィダルサスーン,リジョイの3つ。ハーバルエッセンスのロケット・スタートと,2003年9月からのパンテーンの復活によって,P&Gジャパンのヘアケア市場での月間シェアは従来の約2倍となる14%程度まで拡大。業界ナンバー5からナンバー3に躍進した。

 ハーバルエッセンス,パンテーン,パンパースの復活は,各製品のマーケティング戦略を練るブランドマネジャーが過去の“失敗”から多くを学んだからこそ実現できた。3ブランドの失敗の原因は様々だが,ひとことで言えば「日本の消費者の目線で商品を開発・改良して,広告・販売し続ける努力が足りなかった」のである。

IT部門がマーケティングと“協働”

 ハーバルエッセンスは,99年に日本市場に投入された時,商品コンセプトが明快ではなかった。日本ではヘアケア製品は年間約300種類も販売される。商品コンセプトが不明瞭だったり,あまり広告していないような製品は,市場で存在感を示すのが難しい状況なのだ。

 そこで,P&Gジャパンでハーバルエッセンスのブランドマネジャーを担当することになった山田実氏は,ハーバルエッセンスの香りの強さ,パッケージの美しさ,天然成分配合の3点に着目。この3つの特長を大々的にアピールする広告手法を採った。

 山田ブランドマネジャーは,テレビCMやWebサイト,雑誌,街頭ポスターなど数々の広告を通じて,ハーバルエッセンスの最大の特長を「快感シャンプー体験」と宣伝。特に,航空機内の洗面所で外国人女性がハーバルエッセンスで髪を洗い,思わず「イエス,イエス,イエス」と“快感”を口にするテレビCMは,大きな反響を呼んだ。

 実は,ハーバルエッセンスをはじめ3ブランドの復活劇は,P&Gジャパンの情報システム部門が陰で支えている。情報システム部門のIMM(Interactive Marketing Managers)チームのメンバーが,ブランドマネジャーと“協働”して効果的なIT(情報技術)マーケティング手法を具体化し,実行してきたのである。

 IMMチームの役割は次の通りだ。例えば,ある製品のブランドマネジャーが「Webサイトを使ってテレビではできないようなコミュニケーションを実現したい」と考えたとする。すると,IMMチームはその商品の特徴をWebサイトを使って消費者にどうアピールするかを提案し,実行に移す。企画立案の過程では,ブランドマネジャーはもちろん様々な関連部署と議論を重ねる。

 つまり,IMMチームはいろんな部署と有機的に結びつく。そのうえ,複数製品のブランドマネジャーと協働するため,優れたITマーケティングのノウハウを全社に伝える橋渡し役となっている。

 9月24日発売の「日経情報ストラテジー2004年11月号」の第1特集は,ずばり「誤算を生かす」というタイトルである。P&Gジャパンだけでなく,海外売上比率が99%のコードレス電話メーカーのユニデン,半導体製造装置などで使う直線駆動部品を生産するTHK,老舗のオーディオ機器メーカーであるケンウッドなど,過去の失敗をばねに目覚ましい復活を遂げた企業の秘密に肉薄。復活の際のIT活用術などを紹介している。

 製品の販売不振や不良在庫の拡大による業績悪化などの誤算をバネに業務改革を進め,現在では業績を向上させている企業は少なくない。

(杉山 泰一=日経情報ストラテジー)