古くからのSFファンなら,この名前を知っていると思う。弊社とのかかわりは,日経バイトにコラム「混沌の館にて」を連載していることだ。同誌がこの10月で創刊20周年を迎えるにあたり,作家のジェリー・パーネル博士が来日することになった。以下に書くことは,パーネル博士とその著作に関心がない人には何の役にも立たないことを,前もってお断りしておく。

 実は5年前にも,同誌の創刊15周年企画で来日していただいた。というのはその時点で,日経バイトの創刊直後からコラムが続いているのはパーネル博士ただ一人だったからである。5年たった今もその事情は変わらず,3回目の来日をお願いすることにした。3回目というのは,ご本人によれば朝鮮戦争のときに最初の来日をしているからである。来日3回のうち2回が日経バイトのためだから,大変ありがたいことだと思っている。

 最初は20周年の記念として,「スモール・コンピュータの20年」を振り返る特別寄稿をお願いした。その記事はすでに到着しており,日経バイトの10月号(9月22日発行)に掲載される。しかしその後,日経バイト編集部は企画を拡大し,セミナーの開催と,記念出版としてこれまでの「混沌の館にて」から記事を選りすぐった書籍の発行を同時に行うことになった。

 「混沌の館にて」のコラムは,もともとは米国のBYTE誌に掲載されていたものである。日経バイトはBYTE誌と提携して,それを翻訳掲載していた。BYTE誌は1998年に休刊し,提携関係は解消されたが,日経バイトはパーネル博士と直接契約することにより,ファンの多い同コラムを継続したのである。筆者はそのころの当事者だったこともあって,今回もお手伝いをしている。

 さて,SFは往々にして計算を必要とする。宇宙への脱出速度や軌道計算のためである。パーネル博士は,米国のSF雑誌Galaxyに書くときには対数表と計算尺が必須だったと回想している。パーネル博士は早くからコンピュータに詳しく,ペパーダイン大学でプログラミングを教えていたこともある(この大学は最近,国会議員の経歴に絡んで日本でも広く知られるようになった)。

 ただ,当時のコンピュータはいわば「貴族階級」や「僧侶階級」の持ち物であり,「人民」が使うものではなかった。それを大きく変えたのが,パソコンに代表されるスモール・コンピュータである。連載コラム「混沌の館にて」を通して読むと,その過程がよく分かる。書籍化に踏み切ったのも,20年という区切りによるところが大きい。

 しかし冷静にこの20年を振り返ってみると,OSが高機能化し,便利なツールがたくさん登場したにもかかわらず,大局的には,一部の人にしか使えなかった計算能力が,どこにでも存在できるようになったということにすぎない。もちろんそれは大きな変化ではあったが,言ってみれば量的な変化にすぎず,コンピュータ自体には本質的な変化は起こっていないのである。情報家電やICタグ,あるいはユビキタスといった言葉は,あくまでこの20年の帰結であって,未来の技術への出発点ではない。

 日経バイトの20周年記念セミナーは,10月21日,WPC EXPO開催中の東京ビッグサイトで行われる。パーネル博士の講演は,上記のような認識をもとに,これからの20年を展望することにある。今日の情報機器を,かつてパーネル博士はSF作品の中で予測して見せた。今回も作家の想像力を垣間見せてくれるに違いないと信じている。

 なお,「混沌の館にて」を書籍化することでもあり,講演と同じ日にサイン会も開きたかったのだが,パーネル博士は息子さんの結婚式に間に合うように講演終了後ただちに成田空港へ向かわなければならない。そこで,事前にサイン済みの著書を,講演の聴講者に差し上げることにした。皆さんの参加をお待ちしている。

(石井 茂=編集委員室)