「実はオレ,うつ病になったんですよ。それでしばらく連絡を取らなくなって,すみません」――。2年前のことだが,中堅のシステム・インテグレータでSEをしている大学の後輩のA君に久しぶりに会い,こう打ち明けられた。

 A君は当時,SEとして6年のキャリアを積んでいた。生真面目を地でいくような性格で,たまの休日も技術解説書を読んで過ごす。愚痴を言わず,弱音を吐かない。典型的な「頑張り屋」だった。逆の見方をすれば,ストレスをため込みやすいタイプでもあった。

 うつ病になったきっかけは,実力を磨きたいと考えて大手のシステム・インテグレータを辞め,中堅のシステム・インテグレータに転職したことだった。転職して間もなく,過去の実績を買われたのか,A君は大規模プロジェクトのサブリーダーに抜擢された。必然的に頑張らなければならない状況に追い込まれたのだ。新しい職場,オーバーワーク,経験のない大きな重圧──。ストレスが蓄積し,A君はにっちもさっちも行かない状況になったという。

朝どうしても起きられず会社を休む

 食欲がなく,すぐにイライラする。昼間も起き抜けのようなだるい感じが続き,夜は仕事のことが頭に浮かんでいつまでも眠れない。そんな症状が表れたが,A君は疲れのせいだと考えた。しかしそのうち,朝どうしても起きられず,しばしば会社を休むようになった。当時のA君は,思うように働けない自分を責めるばかりだったという。

 見かねたA君の同僚の1人が,アドバイスをした。「自分がうつ病になったときとそっくりだ。早く医者に診てもらったほうがいい」。A君は精神科にかかることに心理的な抵抗を感じたが,そうも言っていられなかった。しぶしぶ近所の病院に向かったところ,診断の結果はやはり,うつ病。処方された抗うつ剤を飲むと,拍子抜けするぐらいに気持ちが楽になり,ケロッと症状が消えたという。

 その後,A君は休職してうつ病の治療に努め,4カ月ほどして職場に復帰した。幸いにも周囲の人はA君の事情をよく理解してくれており,復帰後,徐々に仕事量を増やし,今ではSEとしての仕事を普通にこなしている。

 ただし以前と違って,いい意味でずぼらになったという。オーバーワークになりそうなときは,決して無理せず,すぐに上司に相談する。仕事は家に持ち帰らずにしっかりと睡眠時間を確保し,土日はきっちり休む。その甲斐あって,うつ病を再発させることなく仕事を続けている。

5人に1人は心の病にかかったことがある

 ご存じの人が多いかもしれないが,A君のように,うつ病などの「心の病」にかかる人が急増している。医師の研究グループが2002年度に発表した調査によると,過去にうつ病にかかったことのある人は6.5~7.5%,何らかの精神障害にかかったことのある人は18~19%に上った。ストレス社会を象徴するように今や,心の病はごくありふれた病気になった。

 心の病がはびこること以上に問題なのは,治療対策が進まないことだ。適切な治療を受ければ,うつ病は治るケースが多い。根治しなくても,病状は改善する。ところが,厚生労働省によれば,うつ病である可能性が高い人のうち,医師による診察・治療を受けたのは4分の1にすぎない。残りの4分の3は,病気をほったらかし。病院に行く前のA君のように,精神的に辛い日々を過ごしているのは想像に難くない。

 そのことと,自殺者数の増加は無関係ではない。警察庁によれば昨年,日本での自殺者数は3万4000人を超えた。その多くは,うつ病患者とされている。A君のように周りの理解があればいいが,そうでないケースも少なくないことが原因の1つだろう。その意味では,予防策を講じるに越したことはない。

必要なのは,病気に関する正しい知識

 では,うつ病をはじめとする心の病はどうすれば予防できるのか,発症したらどんな症状が表れるのか,治療はどんなものか,どのように職場復帰を果たせばよいか──。ITエンジニアはほかの職種に比べても心の病にかかる人が多いと言われるだけに,そうした正しい知識を身に付けることが不可欠である。そこで日経ITプロフェッショナルは11月号(11月1日発行)で,メンタルヘルスに関する特集を組むことにした。現在,医師,カウンセラー,うつ病になったことのあるITエンジニアへの取材を進めているところである。

 ついてはITエンジニアのみなさんにメンタルヘルスに関するアンケート調査へのご協力をお願いしたい。ITエンジニアにおける心の病の実態を踏まえることで,特集の内容をより役立つものにしたいと考えている。調査結果は,日経ITプロフェッショナル11月号に加えて,この「IT Pro 記者の眼」の欄でも11月上旬に公表する。

(中山 秀夫=日経ITプロフェッショナル)