「次世代プロトコル,IPv6が使われ出した」と言うと,ほとんどの読者が「まだ私のパソコンはIPv4のまま。いったい,どこで?」と疑問に思うことだろう。その疑問はごもっとも。パソコンではほとんど使われていない。だが,IP電話機やIPテレビ電話端末,テレビにつなぐセットトップ・ボックスといったパソコン以外の機器で採用され始めている。ビルのエアコンなどのビル管理でも導入が始まった。

 これまではIPv6によるインターネット接続サービスはあったが,パソコン以外のIPv6対応の機器やそれを用いたサービスはほとんど提供されていなかった。ところが2004年になってIPv6を用いたサービスとそれを利用するためのハードウエアが提供されるようになってきた。

ビジネス利用進むIPv6

 具体的にIPv6の利用事例を見てみよう。IP電話としては,企業や学校などから寮の管理運用を受託する共立メンテナンスが,IPv6対応のIP電話機を同社が管理する学生寮などに導入する(関連記事)。フリービットのIPv6によるIP電話サービス「FreeBit OfficeOne IPビジネスホン」をベースにした。2004年5月から東京都江東区の1棟で試験運用を開始。2004年中に同社が管理するすべての寮(約280棟,約2万2000室)に導入する計画である。

 7月からは,ぷららネットワークスがブロードバンド回線を用いたテレビ・サービス「4th MEDIA」を始めた。IPv6対応のセットトップ・ボックスをテレビにつないで,衛星放送を含めたテレビ放送やビデオを見ることができる(関連記事)。4th MEDIAでは20万ユーザーを見込んでいる。

 9月1日には,NTT東日本がIPv6対応のテレビ電話端末「フレッツフォンVP1000」で,月額525円固定の「FLET'S.Phone」を始める(関連記事)。NTT東日本はフレッツフォンVP1000を5万台発売する予定である。

なおFLET'S.Phoneには,インターネット接続事業者が提供するIPv6を使わないプランもある。こちらはNTT西日本のエリアでも使える。

 これらのようなアプリケーション・サービスではないが,実用という点では今年度中に竣工する,あるインテリジェント・ビルの設備管理システムでも130台を超えるIPv6機器が導入されている(関連記事)。

常時“稼働”がIPアドレスを消費

 これらの事例では,なぜIPv4ではなくてIPv6を採用したのだろうか。4事例に共通して言えることは,用いるハードウエアは常に電源が入りっぱなしの常時“稼働”であるという点だ。

 パソコンではサーバー的に使っている人にとっては常時“稼働”だろうが,一般的にはブロードバンド回線で常時接続と言っても,「Bフレッツでも同時接続は50%程度」(ぷららネットワークスの中岡聡 取締役サービス企画部長)。つまりユーザー数の50%程度のIPアドレスがあれば,使い回しが利く。

 ところが(テレビ)電話は着信待ち受けのため,電源は入れっぱなし。セットトップ・ボックスも,こまめな人はテレビを見終わったら電源を切るかもしれないが,ほとんどのユーザーは電源を入れたままにするだろう。ビルの設備管理システムは保守点検でもない限り,動きっぱなしである。こうした常時“稼働”の機器は,IPアドレスを使い続ける。つまりパソコンとは違って,機器の台数分のIPアドレスが必要になる。

 筆者が今年6月に書いた記者の眼では,「IPv6の“最後の砦”は,アドレス数の多さか」と締めくくったが,パソコン以外の機器でまさにそうしたことが起きつつある。

ネットワーク設計が簡単になる

 アドレス数が多いことによって,ネットワーク設計が簡単になるというメリットもある。共立メンテナンスにIP電話システムを導入中のフリービットの田中伸明社長は「IPv4では2万ものアドレスを一続きでは取れない。そのためIPv4でネットワーク設計をしようとすると非常に面倒。しかも,寮の部屋数は変わることがあるので,変更が大変」と言う。

 システムを構築するにあたっては,寮ごとにネットワークを分けることになるが,寮によって部屋数は数十から数百と幅がある。IPv4だと,それぞれの寮の規模にあったIPv4アドレスのブロックを割り当てて最適化を図らなくてはならない。しかし,IPv6であれば,128ビットのアドレスのうち,前半48ビットをそれぞれの寮にわりあてても,残りの80ビットを各寮内で自由に使える。あれこれ考えなくても,シンプルにネットワークが作れるのだ。

 「IPv6でなければ,実質,半年でシステム構築できなかっただろう」と田中社長は振り返る。

接続機器を識別できる

 「IPアドレスが足りないのならば,プライベートIPアドレスを用いればよいではないか」という反論が出てこよう。そこで2番目のIPv6のメリットとして「アドレス自動生成機能」がある。この機能によって,IPアドレスで接続端末を特定することができる。プライベートIPアドレスではできないことだ。

 端末の特定はなぜ必要なのか。ハリウッド・メジャーの映画作品も4th MEDIAで配信しているぷららネットワークスの中岡取締役は「メジャーは『クローズド・ネットワーク』『クローズド・ユーザー』『クローズド・ターミナル』を作品供給の原則としていることに気が付いた」という。

 ところがIPv4でプライベートIPアドレスを用いると,接続機器のIPアドレスによってサービス提供者が接続機器を識別することはできない。「192.168.0.1」といったプライベートIPアドレスがついた端末は世界にいくらでもある。機器の電源を入れ直すと,アドレスが変わることもあり得る。

 IPv6のアドレス自動生成機能は,機器のネットワーク・インタフェースのMACアドレスを基にIPアドレスを生成する。前半64ビットはネットワークのプレフィックス(IPv4のサブネット・アドレスに相当),後半64ビットはMACアドレスから生成されたインタフェースIDというIPv6アドレスができる。

 このため,自動生成機能で作られたIPv6アドレスは機器固有のものとなり,機器を特定することができる。何かのきっかけで電源を入れ直しても,そのIPv6アドレスは変わらないし,他の機器のアドレスとの重複もない。

機器を別のネットワークに接続した場合は,IPv6アドレスの前半64ビットのプレフィックスが変わるだけで,後半64ビットは同じアドレスが自動的に付く。

 IPv4では,その機器あるいはDHCPサーバー(同機能を持ったブロードバンド・ルーター)に固定的にアドレスを設定しない限りは,そのようなことはできない。ネットワークを移動したら設定をし直さなくてはならない。LANケーブルと電源ケーブルをつなぐだけで使える“プラグ&プレイ”が期待される家電製品では,現実的な方法ではないだろう。

 機器識別はハリウッド・メジャーの映画配信に限らず,IP電話にしても,IPテレビ電話にしても必要となる。IPv6のアドレス自動生成機能を使うことで,プライベートIPアドレスでは得られない,機器識別ができるというメリットを得られるのだ。