「いやあ,参ったな。ここまでユーザー企業がメインフレームを愛しているとは」。サン・マイクロシステムズでプロダクト&ソリューション・マーケティング本部長を務める山本恭典氏は,ビデオ・テープの山に囲まれながら,唸っていた。今から1年半前ほど前,同社がメインフレームのマイグレーション事業「リホスト」を華々しく立ち上げた直後の出来事だ。

 山本氏を囲むビデオ・テープは,サンがリホスト販促の一環として制作したもの。IBMメインフレームで動く業務アプリケーションをほとんど手を加えず自社のUNIXサーバーに移植できるメリットを,山本氏自らが緊張した面持ちで語る姿が収録されていた。

 サンは全世界で1000件以上のリホストを成功させてきた実績もあるだけに,山本氏は自信満々だった。以前はメインフレーマに在籍し,レガシー・システムの実態を間近で見ていた彼は「システムの維持コストを半減できるリホストは,日本でも十分勝機がある」と考えていた。

 時はITバブルの崩壊直後。システム・コスト削減の優先順位がいっそう上がっていた時期だ。サンはビデオ・テープを知る限りのIBMメインフレーム・ユーザーに送付した。

 だが,山本氏の期待は裏切られた。複数のユーザー企業がテープを送り返してきたのである。なかには「IBMメインフレームに不満はない。こんな宣伝のテープを今後一切送ってくるな」と,怒りの手紙を同封してくるユーザー企業もあった。

 「不要であれば捨てていただければよいのに。それをわざわざ送料を負担してまで送り返してくるお客様がいるとは」。山本氏は,ユーザーのメインフレームに対する愛着を改めて思い知った。

メインフレーマが圧力?

 あれから1年半。「レガシー・マイグレーション」という言葉を耳にする機会が日に日に増えてきた。マイグレーション支援サービスを提供するITベンダーは,30社以上に上る。ところが事例は,数件しか公表されていない。

 本当にビジネスは立ち上がっているのか。こうした疑問を抱いた記者は,レガシー・マイグレーションの最新動向を取材し始めた。真っ先に訪ねたサンの山本氏は,同社のリホストの実績が数件にとどまっている実情を明かした。

 需要がないのに,どうしてITベンダーはマイグレーション事業に参入するのか。新たな疑問がわいてきた。すぐにマイグレーション事業を手がける独立系のSIベンダー10社以上に取材を入れた。

 ある取材先で,ますます謎が深まった。「事例はあるのですが,対外的な宣伝はあまりしていないんです。掲載するなら,どうか控えめにしてください」。取材の冒頭,担当者にこう依頼されたからだ。「いいことをたくさん書いてください」と注文を付けられるのは珍しくないが,「小さく載せろ」と頼まれたのは初めてだ。

 不思議がる記者を見て,取材先は説明を続けた。「実は,マイグレーション事業はメインフレーマに対する攻撃と見られることが多いのです。当社はマイグレーション事業を進める一方,SIベンダーとしてメインフレーマ経由で多くの案件を受注しています。メインフレーマを刺激すると困るのです」。

 なるほど,マイグレーションが普及しないのは,メインフレーマの“圧力”が原因なのか。マイグレーション・ビジネスの舞台裏が少しだけ見えてきた。「メインフレーマ=大手SIベンダー」という図式が成り立つ点で,日本は米国とは事情が異なる。

 圧力の有無を確認するため,記者はメインフレーマを訪れた。最初,担当者は「マイグレーションには反対してはいない」との公式コメントを繰り返していたが,なおも記者が食い下がると本音を漏らした。「自社のメインフレームを他社に取られるのは困るが,他社メインフレームからのマイグレーション事業には取り組んでいる」と。こうした事情もあって,メインフレーマ各社もやはり「宣伝は控えめ」という。大々的に宣伝すると,自社のメインフレームを黙って使ってくれているユーザー企業を刺激してしまうからだ。

身内にも反対派

 足を棒にして歩き回っていると,マイグレーションに成功したり,挑戦中の企業は結構見つかった。「前向きに検討中」のレベルまで含まると,20社ほどに話を聞くことができた。そこで興味深い話を聞いた。「レガシー・マイグレーションの普及を阻害しているのは,ユーザー企業内に存在する強固な反対勢力」という意見だ。