「“何をもって仕様変更とするか”でSIベンダーともめた。最後は,互いの“常識レベル”を問う戦いになってしまった」(東建コーポレーション マルチメディア開発部 部長 小山伸治氏)。日経システム構築7月号の特集「どんとこい仕様変更」の取材では,仕様変更をはさんだ,ユーザー企業とSIベンダーのギャップの大きさを再認識させられた。

 筆者にとって,「仕様変更」は約2年ぶりのテーマ。「仕様をフィックスしたはずなのに,ユーザーには“決めた”という意識が薄かった。だから,開発した画面数は当初計画の2倍に達したが,ユーザー企業は仕様変更だとは感じていないだろう」(あるSIベンダー)――。決めた/決めない,変える/変えないなど,両者の認識のズレは相変わらずだ。

求められる,“正しい”仕様変更

 ただし,前回に比べて変化はある。「仕様変更は起きるもの」という前提に立つ姿勢が,より鮮明になってきたことだ。もちろん,できる限り仕様は設計段階で詰める。しかし,「誰も事前に予測できないのが仕様変更。実際に使ってみないと出てこないようなものを一生懸命考えるよりも,出てきたものをうまく取り込むことが大切」(パワーキット 代表取締役 高田和衛氏)という発想が,ユーザー企業にもSIベンダーにも浸透してきた。

 これまで,「仕様変更は“悪”であり,とにかく抑え込むべきもの」という考えが大勢を占めてきた。設計段階でフィックスしたはずの仕様が,開発やテスト段階で変わることは,システムのコストや納期,品質を脅かすからだ。

 しかしビジネス環境などの変化が激しい昨今,「ユーザー企業にヒアリングしてから1年とか経過して,要件が変わらないわけがない」(野村総合研究 上級システムエンジニア 河村雄大氏)。「システムの存在価値を揺るがす」ような変更を素早くキャッチ・アップできなければ,良いものが作れない。そこで,コスト増などのリスクをコントロールしながらうまく変更を加える,“正しい”仕様変更のノウハウが求められてきた。

“常識レベル”は期待を含む

 特集記事では,リスクをコントロールするための「プロジェクトの運営ルール作り」や「変更に備えた作業バッファの取り方」などを紹介した。冒頭の“何をもって仕様変更とするか”といった問題は,「仕様を確定する手続き」「仕様変更の基準」といった運営ルールを明らかにし,ユーザー企業とSIベンダーで共有すれば,かなり減らせるだろう。

 その一方,いくら細かくルールを定めても,ユーザー企業とSIベンダーの“常識レベル”の戦いは無くならないと感じる。そこには,「ここまでは相手が考えてやってくれるだろう」という思いが色濃く投影されているからだ。その思いをルール化することは難しい。

 例を挙げよう。すべての仕様を設計書に表すことには限界があるため,「ユーザー企業と“もめる”のは,設計書の行間であることが多い」(野村総合研究の河村氏)。実際に,設計書の行間に埋もれている仕様は,実装やテスト段階などでユーザー企業から出てくる。これに対して,「設計書に載っていないので仕様変更だ」と応えることは,SIベンダーとしては簡単だ。しかしユーザー企業は,「設計書の行間を読んで作るのがプロの仕事」という期待をSIベンダーに対して抱いている。

 つまり,ユーザー企業の“常識レベル”には,SIベンダーへの期待が反映されている。そして,期待と現実とのギャップが明らかになれば,戦いがはじまる。

 このギャップを埋めるには,ユーザー企業とSIベンダーそれぞれが,相手にどこまで期待しているかを知る必要がある。ここでは,ユーザー企業が抱いている期待に注目したい。代表的な期待は,SIベンダーが持つ「専門技術」と「プロジェクト推進力」の2つに向けられたものだ。

戦いを減らすために

 東建コーポレーションの小山氏は「あくまでも発注者側の論理」と前置きしつつ,「SIベンダーは技術のプロフェッショナルのはず。だから,技術的な細かいことは救ってほしい」と期待を寄せる。特に,性能やセキュリティといった非機能要件は,それを実現する製品/技術の進化が速いため,技術のプロであるSIベンダーによるフォローが強く求められる。

 今回の取材でも,「テスト段階で性能が出ないといった事態に陥るのは,SIベンダーに責任がある」という意見は多かった。「開発の途中で処理方式の変更に追い込まれるようでは,その能力が疑われる」(ニッセイ同和損害保険 情報システム部 IT企画室 上席推進役 中島一郎氏)と,ユーザー企業は,基本的にインフラはSIベンダーに“任せた”と考えている。だから,性能向上のためにハードウエア増強が必要と分かっても,それを予見できなかったSIベンダーの責任,というのがユーザー企業の“常識レベル”となる。

 もう一つのプロジェクト推進力とは,いかにユーザー企業の要求をさばくか,に尽きる。ユーザー企業としては,自分達の要求を鵜呑みにせず,うまく仕様をコントロールする能力をSIベンダーに求める。「SIベンダーは(ユーザー企業から)言われたままにやる方が楽。しかし,無批判で受け入れた仕様変更は,別の仕様変更を生み出す恐れがある」(ニッセイ同和損害保険の中島氏)からだ。

 かなり大雑把だが,これがユーザー企業が寄せる期待度の例だ。ここまでくれば,“常識レベル”の戦いが起きる原因は分かりやすい。それは,ユーザーの期待が過剰なのか,あるいは期待に対してSIベンダーが力不足なのか,のどちらかだ。本当のところは,それこそ,ケース・バイ・ケースとしか言えない。
 
 ただ,野村総合研究所の河村氏は,「たとえ設計書に書いていなくても,その実装や機能ではSIベンダーとして“ハズカシイ”と感じたら,自分達の責任できちんと直す」と明かす。少なくとも,こういった真っ当な感覚が無ければ,ユーザー企業の期待からは離れるばかり。“常識レベル”の戦いは一向に減らないのだと思う。

(森山 徹=日経システム構築)