「そっ,その話は日経コミュニケーションに掲載されるんですか?」――。ある携帯電話事業者の幹部は取材中,驚きの声をあげた。その話とは,超大手の銀行が第3世代(3G)携帯電話のデータ通信カードを大量導入するにあたり,月額通信料金の値引きか,定額化を携帯電話事業者に求めているというもの。この商談では,KDDIとNTTドコモがコンペしている。

 「どう対応するつもりですか?」,筆者が両事業者に問うたところ冒頭の発言が一方から飛び出した。もう一方の携帯電話事業者にも同じ質問をすると「そんな話は社内で聞いたことがありません」と,大規模案件にもかかわらず“知らないフリ”を決め込む始末。KDDIもNTTドコモも,値引き交渉の事例が公になるのを極度に恐れているようだった。

交渉自由化でユーザーは携帯電話の値引きに期待

 4月1日に改正電気通信事業法が施行となり,通信事業者とユーザーは自由に契約交渉ができるようになった。いわゆる相対(あいたい)契約の解禁である(関連記事)。以後,市内電話以外の通信サービスの料金や提供条件は,交渉次第で決められる。「相対契約=値引き」ではないが,契約交渉の自由化で最も事業者が警戒するのは,ユーザーからの値引き要求。歯止めがきかない料金競争となる危険も否定できないからだ。

 ただ,長距離通信事業者は4月以前から,規制の緩い第二種通信事業者を経由させる形で相対契約を実施してきた。そのあおりを食らったのが,新興の長距離通信事業者だった「クロスウェイブ コミュニケーションズ」である。値引き競争激化のあげく,2003年8月に破綻に追い込まれた(関連記事)。長距離通信事業者にとっては相対契約による値引きが当たり前になっていた,という既成事実を浮き彫りにしてしまった。では,相対契約解禁の洗礼をもろに浴びるのは一体誰なのか?

 携帯電話事業者とNTT東西地域会社である。

 これらの事業者については「約款遵守を盾にして,必ず正規の料金表通りでしかサービス提供してこなかった」とユーザー企業が一律に声を合わせる。そして4月以降,ユーザーが最も興味を示しているのは,社員の利用機会が急激に増え,通信コストも急増している携帯電話料金の“値引き”。携帯電話事業者の動向なのである。

 相対契約解禁直後の4月,携帯電話料金の値引きを求めたあるユーザーは証言する。「NTTドコモの営業担当者にキッパリと言われてしまいました。『相対契約による値引きは,ウチも含めてどこの携帯電話事業者もやりたくないですし,やらないと思いますよ』とね。最大手だけあって自信満々でした」。

 はたして本当にそうだろうか?

3Gデータ通信カード5000台で値引き実現か?

 交渉現場での風向きは急速に変わりつつある。導入先ユーザー企業の知名度や導入規模,競合他社の出方など,条件次第で携帯電話事業者が値引きに応じざるを得ない可能性も出てきた。そもそも,個人向け市場が飽和し始めたため,携帯電話事業者は一斉に法人市場へ注力し始めている。競合事業者との受注競争に打ち勝つには,ユーザーからの値引き要求は避けて通れる話ではないはず。事業者側が法人営業を強化するにあたっては,意識改革が早急に必要だと思われる。

 冒頭の大手銀行の話に戻る。

 この大手銀行とは,都市銀行最大手の東京三菱銀行のこと。社員向けに導入予定の3Gデータ通信カードは約5000台にも上る。超有名企業による超大規模な導入事例――。東京三菱銀行としては当然,契約交渉自由化を利用して有利な契約条件を引き出そうとしている。

 導入予定である5000台のうち,第一弾として導入する2000台はKDDIが既に受注済み。4月に導入が始まった。しかし,KDDIとの料金交渉はまだ続いている。数カ月間の実際の利用情況を見ながら,値引き条件をKDDI側と詰めていくのだ。