日本のITエンジニアのスキル・レベルは,一般に低く,職種も偏っていると言われる。それは真実なのか。もしもそうだとすれば,どんなスキルが劣っており,どんな職種に人材が集中しているのか。またITエンジニアはスキルに応じた正当な処遇を受けているのか・・・。

 こうした疑問に答え,ITエンジニアの実態を定量的に明らかにすることが,急務になっている。その理由は,日本のIT業界が早急な改革を迫られているからだ。(1)改まるどころか,深まる気配のある元請・下請け構造や人月ベースの見積もりの習慣,(2)続発する開発遅延やシステム・トラブル,(3)その一方で進む中国やインドへのオフショアリングなど,問題は文字通り山積みである。効率的に問題を解決する策を打ち立てるためには,まず業界の実態を正確に把握することが不可欠なのだ。

 日経ITプロフェッショナルは,その一助として年に1回,1万人以上のエンジニアを対象にした「ITスキル調査」を実施している。2002年9月に第1回,2003年6月に第2回を実施し,現在,3回目となる調査を実施中である。ここではその初期段階における,中間結果の一部を報告しよう(回答者は約3800人)。

情報工学を学んだのは半数以下

 まずは回答者の年齢層から。20歳未満から56歳以上までと幅広いが,最も多かったのは26~30歳で27%。次いで31~35歳(21.9%),36~40歳(18.5%),25歳以下(11.6%),41~45歳(11.4%)と続き,40歳以下の若手ITエンジニアが79%を占める。

 では学生時代にコンピュータ・サイエンスやソフトウエア工学といった情報工学関連の教育を受けた人は,どれくらいいるのか。結果は48.6%と半数を下回った。機械や建設,電機などの業界では100%近いと言われるのに対し,IT業界の特殊性が浮き彫りになった。

 「情報工学を学んだからといって,優秀とは限らない」という見方はあるだろうが,「諸外国のITエンジニアは,ほぼ例外なく専門教育を受けている」(大手ソフト会社の人事担当者)。この点を考慮すると,日本のIT業界の国際的な競争力の低さにつながりかねず,気になる数字だ。

 次に職種別の分布状況を見てみよう。調査では,経済産業省が策定したITスキル標準(ITSS)が定義する11職種(関連記事)の中から,回答者の職種を選択式で回答してもらっている。それによると,最も多くの人が選択した職種が「プロジェクトマネジメント」(23.1%)。以下,アプリケーション・スペシャリスト(22.6%),ITスペシャリスト(12.6%),ITアーキテクト(9.8%),ソフトウェアデベロップメント(7.8%)と続く。

 目を引くのはITアーキテクトが10%近いことだ。ソリューションの枠組みを策定し,システムのアーキテクチャを設計する「ITアーキテクト」は重要な役割にもかかわらず,日本ではほとんど定着していない職種である。この傾向について,ある人材コンサルタントは,「肩書きが人を創ることは大いにあり得る。自分をITアーキテクトだとする人が増えてきたのは,歓迎すべき」と語る。

スキル・レベルと年齢には強い相関関係が

 ITスキル調査ではITSSに基づいて設問を作成し,回答者のスキルを自己申告方式で診断するようになっている。スキルのレベルは7段階あり,レベル1,2は上位レベルの指導のもとで課題の発見や解決を行える「エントリレベル」。レベル3,4は自ら課題の発見や解決をリードできる「ミドルレベル」。レベル5~7は,自分の職種や専門分野に関して社内で技術や方法論,ビジネスをリードできる「ハイレベル」である。

 では,回答結果をスキル・レベルで分析するとどうなるか。図1に年齢とスキル・レベルの関係を示した。25歳以下では83.7%,26才以上30才以下では55.0%の人が,エントリレベルに相当するという結果になった。30才以下のITエンジニアの半数以上が“初心者”なのだ。年齢とともにミドルレベルとハイレベルの人の割合は増える。ITSSのスキル定義では経験や実績を重視しているので,これは当然と言える結果だ。

図1
図1●年齢別に見たスキル・レベルの構成比

 だが40代後半になると,その傾向が頭打ちになる。特に56歳以上ではハイレベルの人が増える一方で,エントリレベルの人も増えるという現象が見られる。多くの人がマネジメントに専念し,システム開発の実務から離れることが大きな要因だろう。技術やビジネスの変化によって,過去の経験や実績が役に立たなくなっているという要因もあるかもしれない。

 一方,スキル・レベルと処遇――具体的には年収――の関係はどうなっているのか。それを見ると,年収350万円未満の層では,79.9%をエントリレベルの人が占める。年収が上がるにつれて,ミドルレベル,ハイレベルの人が占める割合が大きくなっていくことが分かる(図2)。1000万円以上の層では,特にハイレベルの人の割合の高さが目を引く。49.1%と約5割の人がレベル5以上である。

図2
図2●年収別に見たスキル・レベルの構成比

 もっとも年齢とスキル・レベルに正の相関関係があるため,「年功制の給与体系が残っているので,年齢の高い人の年収が高くなっているだけでは」と思われるかもしれない。そこで例えば36~40歳という特定の年齢層を見ると,この層に属するエントリレベルの人の86.7%は年収が700万円未満。これに対し,ハイレベルの人たちの64.9%は700万円以上と,好対照と言える結果になった。スキル・レベルが年収を大きく左右する要因であることは間違いないようだ。

自分の“市場価値”を知ろう

 さて,ここまで読んでいただいた方に,ぜひともITスキル調査への参加をお願いしたい。参加することで,「同職種のエンジニアと比べた時,自分はどのレベルなのか」「自分の強み,弱みは何か」など,いわゆる“自分の市場価値”を知ることができる(自己申告方式なので正直に回答することが前提)。

 同時に,自分の今までの経験や実績を見直すことは,今後のキャリアの方針を定め,それを実現するためにどんな知識を身に付け,どんな能力を高めればいいのかを知るための重要な手がかりとなるはずだ。

 さらに付け加えると,経済産業省が2004年5月に公募した「ITサービス人材実態調査」に本調査が採択された(関連情報)。調査結果が,経済産業省の今後の政策立案に活用されるのである。調査の実施期間は,あと1週間。IT業界の実態をより正確に把握するためにも,ぜひ皆さんのご協力をお願いしたい。

(鶴岡 弘之=日経ITプロフェッショナル)

■「ITスキル標準(ITSS)準拠 第3回ITスキル調査」は6月30日まで実施中です。こちらのページからご参加いただけます