5月18日に「Winny作者逮捕から日本のプログラマについて考える」と題した記事を公開し,IT Proの読者の皆さんからのご意見を募りました。

 プログラマの逮捕という衝撃的な事件,しかも開発したのが利用者が多いWinnyというファイル共有ソフト(PtoPソフト)だったためか,わずか2日強という短い期間にもかかわらず,3076人の方から回答があり,自由記入欄にも600件を大きく超える書き込みがありました。アンケートにご協力いただいた皆さん,ありがとうございました。

 今回は,Winny作者逮捕の問題について,皆さんからのアンケートの結果を基に考えていきたいと思います。この原稿は,前回の「Winny作者逮捕から日本のプログラマについて考える」を受けた内容になっていますので,まだお読みでない方は同記事を先にお読みいただければ幸いです。

「逮捕は間違っている」と考える回答者が約7割

 アンケートではまず,Winnyの作者である金子勇氏の逮捕について正しいと考えるかどうかを尋ねた。その結果,「間違っている」との回答が最も多く,69.4%に達した。

問1
問1●金子氏の逮捕についてどのようにお考えですか(単一選択)
 アンケートの自由記入には,「包丁で人を殺せるからといって,包丁を作った人間が罪に問われるのか。開発者ではなく,違法なことに利用する人間が問題ではないのか」「Winnyの作者が著作権法違反を幇助したというのなら,パソコンやOSのメーカー,大量のトラフィックを規制しないISP(インターネット接接続事業者),あるいはCD-RやDVD-Rの作者も同じではないか」といった趣旨の書き込みが多数あった。これらの意見が,逮捕を間違っていると考える代表的な理由だと思われる。

 また素朴に「こういった逮捕が認められるのなら,日本では安心してソフトを開発することができない」という意見もあった。今回の逮捕が,IT関係者に大きな衝撃を与えたことを,改めて感じさせられる。

 一方で,「(前回の記事に対する読者コメントも含め)インターネット上に公開されている今回の逮捕に関する意見の中には,『ソフトを開発したこと自体が逮捕理由(著作権法違反幇助)』という前提に基づくものが多いのではないか。仮に『ソフトを開発しバージョン・アップを続けたこと自体は逮捕理由ではない』のであれば,誤った前提の基に逮捕を間違っているとする意見も多いと思われる」という趣旨のご意見もいただいた。

 アンケートの結果や意見を判断する際に,この点には注意が必要だろう。議論はまだ終わっていない。今後,この問題を考えていくための材料の一つとして,ここで金子氏を巡る状況について少し補足したい。

 京都府警は現在,公判に影響するという理由で金子氏を逮捕した理由を公表してはいない。ただ,京都府警は,この事案の概要については公表している。この概要から判断すると,単に金子氏がWinnyを開発したことではなく,以下のような事実が,逮捕に結びついたものとみられる。

 具体的には,同氏の電子掲示板への書き込みなどから,現在の著作権の概念を変革することをあらかじめ企てていたと考えられること,著作権法侵害に当たる違法なファイル交換が蔓延していることを知りながら,頻繁にWinnyのバージョン・アップを繰り返したこと,などである。

 一方,金子氏を支援する動きも広がっている。弁護団が結成されただけでなく,5月13日には「金子勇氏を支援する会」が誕生した。Webサイトの「FreeKaneko.com」も開設されている。

 同サイトで,金子勇氏を支援する会は「何が問題か」として,今回の逮捕に対する問題点を公開している。具体的には,「新たに何かを禁じるためには法律を改正・新設しなくてはなりません。けれど,今回は立法の手続きを経ずに突然の逮捕を行いました」という点を挙げている。そして,これは警察が「幇助」の範囲を非常に幅広く解釈していること,こういった状態が恒常化すれば,多くのソフトやハードの開発者に逮捕の不安と恐怖を与えることになる,という趣旨の文章が続く。

「プログラマに一定の責任がある」

 アンケートの結果報告に戻ろう。約7割の回答者が「逮捕は間違っている」と感じている問1の結果と同時に,「違法な利用のされ方をするソフトを開発したプログラマには,どの程度の責任があるとお考えですか」という問2の結果にも注目しておきたい。回答者の多くは,「すべてが利用者の責任で,プログラマは何をしてもいい」と考えているわけではないのである。

問2
問2●違法な利用のされ方をするソフトを開発したプログラマには,どの程度の責任があるとお考えですか(単一選択)

問3
問3●今の日本はプログラマの能力を発揮しやすい社会だと思いますか(単一選択)
 「責任はある」との回答が全体の9.3%,さらに「どう利用されるかをプログラマが想定していたかどうかによる」が46.9%に達した。過半数の回答は,ソフトを開発するプログラマにも一定の責任はあることを認めているわけだ。

 問1で「逮捕は間違っている」とした回答(2135人)に絞っても,「責任はある」が5.2%,「どう利用されるかをプログラマが想定していたかどうかによる」が38.3%。合計で43.5%はプログラマに一定の責任があることを認めている。

 Winny作者についても,「自分自身がダウンロード専用のソフトを利用していたこと」や「Winnyの利用で匿名(とくめい)性を確保したこと」などを理由に,その行動に疑問を呈する書き込みもあった。

「プログラマは報われない」

 アンケートの問3と問4では,少し話題を広げて,日ごろ筆者が抱えている問題意識を読者にぶつけてみた。「今の日本はプログラマの能力を発揮しやすい社会だろうか? また,日本をプログラマの能力をより発揮しやすい社会にするためにはどうすればよいか?」ということである。

 問3「今の日本はプログラマの能力を発揮しやすい社会だと思いますか」の結果は,全回答の79.7%が「いいえ」というものだった。「はい」との回答は2.6%に留まった。問1で金子氏の逮捕を「正しい」とした回答(364人)に絞っても,「いいえ」が59.9%を占め,「はい」は10.7%だった。

 前回の記事を読んだ読者からは,「なぜ筆者が金子氏逮捕と“日本の社会がプログラマの能力を発揮しやすいかどうか”を結びつけて論じるのか,理解できない」という趣旨のご意見もいただいた。確かに,改めて読み直してみると論理が飛躍している面があり,反省している。「“優秀なプログラマである金子氏の逮捕”に対して,心情的な反発も多いであろう中でこの問いを設けたことは,調査としての妥当性を欠く」,というご批判もあるかと思う。

 しかし,それを差し引いて考えたとしても,問3の結果は,現在の日本のプログラマの置かれた苦しい状況を反映していると言えるのではないだろうか。IT Proの読者はITの専門家が大半だろう。プロの目からみた実態がこうなのである。日本がソフト立国,知財立国を目指すなら,この数字を変える必要があるのではないだろうか。

 では,どう変わればよいのか。続く問4では,「日本をプログラマの能力をより発揮しやすい社会にするためにはどのようなことが重要だと思われますか」と聞いた。

問4
問4●日本をプログラマの能力をより発揮しやすい社会にするためにはどのようなことが重要だと思われますか(複数選択)

 この設問のみ複数回答可能として尋ねたところ,「ソフト開発に対する対価の向上」という回答が78.4%,以下,「プログラマ教育の充実」が38.2%,「著作権の尊重」が31.9%,「プログラマ育成のための公的支援」が29.8%,という結果になった。

 圧倒的に「対価の少なさ」を指摘する意見が多かった。教育や支援の充実よりも何よりも,まずはソフトに対する価値をもっと認めてほしい,ということだ。平たく言えば,今の日本ではプログラマは儲かる商売ではない,あるいはやりがいを感じることのできる職業ではないということだ。

 この問題を解決しなければ,日本をプログラマにとって働きやすい社会に変えることはできない。約7割の回答者が金子氏逮捕を正しくないと考えた根底には,「能力の高いプログラマが正当に評価されない日本社会への不満」が横たわっているのではないだろうか。

 最後に,今回のアンケートにご協力いただいた皆さん,本当にありがとうございました。いただいた自由記入からは,多くのことを考えさせられました。記者としていい経験ができたと思っています。

(中村 建助=日経コンピュータ)