今後,いろいろなモノに貼り付けられるようになると見られている無線ICタグ(RFIDタグ)はどこまで読めるのか――。筆者は日経バイトの記事を執筆するなかで,無線ICタグを身近なモノに貼り付けたときの読み取り性能を調べる機会を得た。無線ICタグは,紙や革,布,木を通してどれだけ読めるのか。ノートパソコンや携帯型CDプレーヤ,ビール缶,ペットボトル,大根,人の手に貼り付けるとどうなるか。身の回りのモノに無線ICタグを付けたときにどれだけ使えるのか,その性能を明らかにするのが目的だ。

 読み取りが難しいと予想していたのは,金属または水分を含むモノにタグを貼り付けたときだった。無線ICタグは一般に金属と水分に弱いと言われる。実験では,タグの基本的な性能も調べたが,タグを金属板にぴったりと貼り付けると全く読み取れなくなる。水分の影響は無線ICタグが使う無線周波数によって異なるが,まったく読めなくなったり最大通信距離が1/5になったりする。

 実際に金属や水分を含む対象物に貼り付けてみると,確かに読み取り性能が落ちることが多かった。そのなかで意外な結果が得られた3種類のパターンについて,今回は紹介しよう。硬貨という金属が入った財布に入れたとき,アルミ箔を貼ったカバンに入れたとき,ペットボトルといった水分を含むモノに貼り付けたときの三つである。

 実験で用いたのは,13.56MHz帯と2.45GHz帯という2種類の無線ICタグである。無線ICタグは無線通信に使う周波数帯によって特性が違う。例えば最大通信距離で比べると,13.56MHz帯の70cm程度に比べて2.45GHz帯は1.5m程度と長い。実験では,それぞれの典型的な製品を使って,その違いも分かるようにした。

 実験で用いた無線ICタグの最大通信距離を測ってみると,13.56MHz帯が56cm,2.45GHz帯が152cmだった。タグをいろいろなモノに貼り付ける実験では,この最大通信距離の何%まで離れて読み取れるかを調べた。最大通信距離が50%だったというのは,13.56MHz帯なら28cm,2.45GHz帯なら76cmだったということだ。

財布に入ったタグもかなり読める

 硬貨入りの財布に入れて意外だったのは,比較的遠い距離から読み取れたことだった。

 財布には,1円玉から500円玉まで色々な種類の硬貨を合計26個入れておいた。そのすぐ近くにタグを入れておいたら,13.56MHz帯の場合で50%以上の通信距離で読み取れた。2.45GHz帯は,アンテナから見てタグが硬貨の前にあるか後ろにあるかで結果が変わった。タグが前だと読めなかったが,タグが後ろだと40%の距離で読めた。無線ICタグが付いた財布でプライバシ問題を考えるなら,硬貨をいくら入れていても心配はなくならないようだ。

カバンにアルミ箔を貼っても読めてしまう?

 アルミ箔は,タグを無効化するのに安価で手軽な素材として知られている。実際にタグを包んでみると,全く通信できなくなった。

 次はビニール製のカバンの側面にアルミ箔を付け,タグを中に入れて測ってみた。意外だったのは,カバンの前後に取り付けただけだと,13.56MHz帯のタグは76%と遠い距離から読み取れたこと。これは13.56MHz帯の電磁波が回折しやすいからと見られる。カバンの上部の口と,アルミ箔を付けなかった底部から電波が回り込むことにより通信できたのだろう。電波がほとんど回折しない2.45GHz帯の場合は,同じ条件で全く通信できなかった。

 もっともアルミ箔をカバンの底部まで貼り付けると13.56MHz帯でも全く通信できなかった。カバンの口だけが開いていても電磁波は通過できないようだ。プライバシを考えるならカバンの底部まで金属で覆うべきということだろう。

13.56MHz帯は水分の影響なし?

 水分の影響は,電子レンジでも用いられる2.45GHz帯の方が影響を受けやすいことが確かめられた。2.45GHz帯のタグをほとんど水でできている人の手で挟んだり,片手に貼り付けたり,ウェット・ティッシュや大根,ペットボトルに付けるとほぼ全く読めなかった。大根やペットポトルでは,アンテナから見て前面にタグを貼り付けても結果は同じ。電波は背面の水分に吸収されてタグは起電力を得られない。例外はアンテナから見てウェット・ティッシュの前面にタグを貼り付けたときで,36%の距離で読めた。比較的水分が少ないためと見られる。

 一方の13.56MHz帯の成績は優秀だった。大根やペットボトルはアンテナから見て前側に付けても裏側に付けてもほとんど通信距離が落ちなかった。これとは別に,13.56MHz帯のタグを水没させてみると,最大通信距離は20%と短くなった。それでも大根やペットボトルの裏側のタグが読めたのは,電磁波が回折して回り込んだからだろう。13.56MHz帯の電波は回折しやすいという特徴が生きたと見られる。

 実験ではこのほか,タグの基本的な性能も調べた。タグを傾けたり重ねたりしたときの影響や,金属を背面においてタグとの距離を徐々に離していったときの通信距離などである。その全容については日経バイトの6月号を見てほしい。来月には無線ICタグの専門サイト「RFIDテクノロジ」でも掲載する予定である。

 無線ICタグの適用範囲を今後広げていくには,こうした実験を繰り返し,その性質を明らかにしていく必要があるだろう。懸案のプライバシ問題についても,具体的なデータを基に議論すべきだと思う。

(安東 一真=日経バイト,RFIDテクノロジ