Linuxは,サーバーOSとしては,企業や公的機関でもごく“当たり前に”使われるようになってきた。一方,デスクトップOSとしては,どうだろうか。

 製品・技術の面では,ここに来て環境が整いつつあり,個人で使用しているユーザーも増えている(記事末の関連記事参照)。だが,オフィス用途で組織的に使用している例は日本では非常に少ない。果たしてLinuxをはじめとするオープンソース・ソフトウエアは,日本のオフィスの現場でどこまで実用となるのか。

 その可能性を探るプロジェクトを経済産業省が進めている。独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)に3年間でLinuxデスクトップ機を業務系クライアント約1000台の一部に導入しようという「オープンソースデスクトップ導入実証実験」である。

VBなどの業務アプリや文書が問題に

 1年目の2003年度(2003年4月~2004年3月)は,導入に先立つ調査が行われた。その結果,いろいろな課題も明らかになってきた。

 まず,産総研がこれまで開発してきた事務アプリケーションのうち,Linux上で使用できないものが多いということだ。産総研では早くから事務のIT化を推進してきた経緯があり,様々なツールで開発されたアプリケーションが存在する。Visual Basic,ファイルメーカー,Microsoft Access,Oracleの開発言語であるPL/SQLやPro*Cもある。Webアプリケーションも,JavaScriptを使用したものはLinux上のMozillaでそのまま動作しないことがある。

 24部署の業務とシステムを分析したところ,オープンソース・デスクトップへの移行可能性が「○」――問題がなさそうなのは2部署のみ。14部署は「×」――移行が困難であり,8部署は「△」――移行にあたって対応が必要,というものだった。

 次の問題はプリンタである。産総研では,378台のプリンタを保有しているが,Linuxから使用できるものが53%で,使用可能かどうか不明のものが47%あった。プリンタとコピーやFAXなどの複合機では,21%が使用できるかどうか不明だった。使用可能なプリンタや複合機でも,PostScriptオプションの追加が必要なものもあった。

 Microsoft Office文書との互換性も課題となった。産総研で届出などに使用されているWord文書56種類をOpenOffice.orgで読み込むと,罫線の再現性が低い,レイアウトが変わってしまう,などの不具合が見られるものがあった。またExcel文書でも印刷の再現性が低いものがあった。

図1
図1●Linux導入プロジェクトの対象となっているパソコン1145台の導入可能性
 このような調査結果から,産総研では,今回の導入プロジェクトの対象となっている,つくばと東京のパソコン1145台のうち,現時点でLinuxへの「導入可能性」が高いパソコンを153台,可能性が低いパソコンを644台と判定した(図1)。残りの348台は「現時点では判定できない」としている。この348台を除くと,「導入可能性」の高いものが約2割ということになる。産総研では,可能性が高いと判断した部門で,最初は十数名の所員を対象にオープンソース・デスクトップの導入を開始する予定だ。

「可能性が高いクライアント=2割」は多いか少ないか

 「導入可能性」が高いクライアントが「2割」という結果を,多いと見るか少ないと見るかは人それぞれ違うだろう。記者は,Linuxデスクトップを前向きに考えることのできる数字ではないかととらえている。

 その理由は,産総研のプロジェクトが(デスクトップ環境の置き換え,という観点では)厳しい条件の下で実験を行っているためだ。前述のように産総研は早くからIT化を進めていたため,過去のアプリケーションや文書が大量に存在する。

 さらに,この実験では可能な限りオープンソース・ソフトウエアを使用することに挑戦していることも,導入を難しくしている。例えば,OpenOffice.orgの有償版であるStarSuite(オープンソースではないソフトを含む)では,商用フォントが付属しているため,WindowsとLinux間でレイアウトが変わってしまうことが少ない。産総研では必要があれば商用製品も使用する方針だが,まずオープンソース・ソフトウエアを適用し,問題点を洗い出している。

 産総研の情報処理研究部門副研究 部門長 戸村哲氏は,LinuxやOpenOffice.orgの機能自体は十分実用レベルにあると評価する。「“過去のしがらみのない環境”への導入であれば十分使える」(戸村氏)。プリンタについても,最初からLinuxの採用を考慮し,対応機種を選択していれば問題にならない。

得られた課題,ノウハウ,改良は公開され共有財産に

 現時点では課題も多いが,記者は,長期的なLinuxデスクトップの可能性についてはポジティブにとらえている。デスクトップOSについても,WindowsやMac OS以外の選択肢があることはユーザーにとって有益なことだろう。それがLinuxなのかどうかは未知数だが,現時点で最も有望な候補であることは間違いない。オープンソースであるがゆえに,課題やその結果得られたノウハウや改良が公開され,共有財産となってきているからだ。

 問題の所在が明らかになれば,解決のための対策も見えてくる。産総研のプロジェクトでは,すでにOpenOffice.orgやメール・クライアントSylpheedの日本語マニュアル,導入ガイド,Windows環境からの移行ガイドなどを作成し,プロジェクトのページで公開している。独立行政法人 情報処理推進機構のオープンソースソフトウェア活用基盤整備事業でもクライアントLinuxのソフトウエアをアップデートするためのツールなども開発している。

 公的資金で行われた今回の実験では情報の公開は当然と言えるが,そうでなくとも,オープンソース・ソフトウエアに行われた改良は公開され,コミュニティではノウハウの共有が行われている。困難や失敗があったとしても,それは他のユーザーが先へ進むための貴重な道標になる。

 産総研の実験に今後も注目していきたい。

(高橋 信頼=IT Pro)

オープンソースデスクトップ導入実証実験ホームページ