昨日公開した「携帯の番号ポータビリティ,2006年夏導入のインパクト(上)」では,「携帯電話の番号ポータビリティの在り方に関する研究会]が4月1日に公開した報告書案の内容を紹介した。具体的には,「携帯電話の番号ポータビリティは,導入にかかる費用よりも便益の方が大きく,2006年のなるべく早い時期に導入されるべき」というものである。

 今日は,携帯電話の番号ポータビリティが,どのような分野にどのような影響を与えるか,について,筆者の見方を紹介したい。筆者が特に注目しているのは,法人ユーザー向けの市場である。

法人ユーザー向けの携帯電話は戦国時代に

 在り方報告書案が公開された4月1日は,通信事業の制度が大きく変わった日でもあった。一種,二種といった事業区分がなくなるとともに,料金表にしばられない相対(あいたい)取引ができるようになったのである。これは同日から改正電気通信事業法が施行されたことによる(関連記事)。

 これは携帯電話事業者も対象であり,大口の携帯電話ユーザーは事業者に値引きを迫ることができる。とはいえ,今の制度下では事業者を変えると,電話番号が変わってしまうので,「A社が値下げしてくれないのなら,値下げ案を提示してくれたB社に乗り換える」というわけにはおいそれと行かない。社員の携帯電話番号を総取っ替えしても,メリットがあるほどの値下げ案が提示されれば別だろうが。

 だが,2006年にも番号ポータビリティが導入されれば,この状況はガラッと変わってくる。番号が変わらなければ,事業者との個別交渉で,より安い条件を示した携帯電話会社に気軽に乗り換えられるようになる。

 法人向けインターネット接続回線の例を見ても,ユーザーはより条件の良い回線サービスがあればそちらに乗り換えられるため,価格競争が進んだ。ISP(インターネット接続事業者)を乗り換えると,ISPから割り当てられる固定IPアドレスが変わってしまうこともあるが,それは社内のネットワーク機器のIPアドレスを付け替えればすむ。台数が多いクライアント・パソコンは,プライベート・アドレスを用いているだろうから,ISP変更は影響しない。

 対外的には,ISPを変更しても,電話番号のように,あらゆる取引先に変更のお知らせをしなくてはならない,というものではない。もちろん一部,社外とIPアドレス固定で通信している場合は,設定変更が必要だろうが。専用線よりもはるかに安い広域イーサネットなどの登場も相まって,乗り換え容易なインターネット接続回線は値下げを続けたわけである。

 携帯電話の番号ポータビリティが実施されれば,交渉力のある法人は,安い携帯電話を求めて,携帯電話事業者の乗り換えを試みるだろう,というのは容易に想像がつく。値下げによって,携帯電話事業者もISPのように,不況に陥るかというと,前述のように在り方報告書案では,そうはならないとしている。実際にはふたを開けてみないと分からないだろう。

構内の移動電話は携帯にシフト?

 このことによって,これまで構内の移動電話として使われてきたPHSから,携帯電話への移行が進むだろう。構内PHSはPHS事業者の網を使わず通話料無料で利用できる。しかし,携帯電話が無料ではないにしても,安く使えるようになれば,わざわざ構内PHSを導入しなくてもよいと考える法人ユーザーは増えるだろう。

 ついでながら,これから普及するのではないかと見られていた「モバイルIP電話」も主流になる道は険しくなるしれない。モバイルIP電話は無線LANを使って,携帯端末でIP電話を利用しようというもの。構内PHSと同様に社内の無線LANなら通信料金はかからないので,携帯電話よりも安く,移動電話が手に入るという触れ込みだった。しかし,携帯電話が安く使えるようになれば,そのメリットは薄まる。モバイルIP電話はいくら通信料金は無料とはいえ,無線LANのアクセス・ポイントを社内にたくさん設置しなくてはならず,導入コストがかさんでしまうからだ。

 法人ユーザーとしては,移動電話を使うのが目的で,そのシステムがPHSだろうと携帯電話だろうとモバイルIP電話だろうと基本的には関係ない。信頼性のあるシステムが安く使えればよいのだ。携帯電話が相対取引と番号ポータビリティによって安くなれば,社内および社外の移動電話として,PHSやモバイルIP電話の替わりに採用するところが増えてくるだろう。

 携帯電話にはないPHSのメリットとして,かつては定額制データ通信があった。しかし,第3世代携帯電話のデータ通信が定額制になってきて,PHSの専売特許ではなくなった。しかも第3世代携帯電話の方が高速である。相対取引と携帯電話の番号ポータビリティによって,PHSは構内の移動電話として生き残るのも厳しくなった気がする。

 一方,市場が立ち上がるのはこれからの,モバイルIP電話はどうなるだろうか。携帯電話ではない,音声+データの携帯端末として育っていくことは可能だろうか。携帯電話を使って,IPベースで機器制御ができたり,Microsoft Word/Excelのファイルが読める時代である。Java端末としても使える。わざわざモバイルIP電話の端末で,音声以外の処理を行おうとするシーンは限られるのではないだろうか。

 しかし,社内の固定のIP電話システムとの連携で,使い勝手のよいシステムを提案できればモバイルIP電話の出番があるのかもしれない。よいアイディアをお持ちの方はコメント欄で教えていただければと思う。

(和田 英一=IT Pro)