携帯電話の番号ポータビリティは,導入にかかる費用よりも便益の方が大きく,2006年のなるべく早い時期に導入されるべき――「携帯電話の番号ポータビリティの在り方に関する研究会」は4月1日に,このような内容の報告書案を公開した(総務省の報道資料)。

 番号ポータビリティとは,これまでも何度か記者の眼で取り上げてきた通り,携帯電話事業者を乗り換えても,前の携帯電話番号を引き続き使えるというもの。「携帯電話の番号が変わってしまうので,事業者を乗り換えにくい」という壁を取っ払おうというものだ。

 この研究会は総務省が2003年11月10日から開催しており,学識経験者や携帯電話事業者などが参加している。研究会の報告をもとに総務省は法令や省令などを作成し,政策化する。この報告書案では実現方法などまで決めているわけではないが,番号ポータビリティ導入についての方向性は,この報告書案で示されたことになる。

 この記者の眼では,報告書案で描かれた番号ポータビリティ導入のメリットと,ユーザーや事業者にどのような影響をもたらすのを見てみよう。

導入メリットが導入コストを上回る

 報告書案は,4月21日までパブリック・コメントを受け付けている段階(総務省の報道資料)。総務省は4月下旬をめどに報告書を取りまとめるとしている。

 報告書案の最大のポイントは,番号ポータビリティ導入の経済的評価を行い,便益(メリット)が導入コストを上回るとした点。これによって,番号ポータビリティ導入の経済的合理性の根拠を与えたことになる。

 番号ポータビリティの導入コストについては,2003年9月18日に公表された,「携帯電話のポータビリティに関する報告書(PDF文書)」での試算を引用した。

 この報告書は,2002年6月から総務省が開いた「携帯電話のポータビリティに関する勉強会」でまとめられたもの。この勉強会には,携帯電話事業者,NTT,携帯電話メーカーが参加した。今回の報告書案とまぎらわしいので,この勉強会による報告書(2003年9月18日公開)を「勉強会報告書」,今回のものを「在り方報告書(案)」と呼び分けることにする。

 勉強会報告書では,番号ポータビリティのユーザー数が全携帯電話の加入者の10%とした時と50%とした時とで,設備投資・開発費およびランニング・コストを試算している(表1)。

表1●携帯電話の番号ポータビリティ導入の費用試算
「携帯電話のポータビリティに関する報告書」を元に作成

項目 10%の場合 50%の場合
開発費 約448億~641億円
設備費 約467億~763億円 約1040億~1182億円
合計 約915億~1404億円 約1487億~1825億円
ランニング・コスト 約7億~13億円 約18億~47億円
導入1年目までの総額 約928億~1411億円 約1528億~1843億円
 数字に幅があるのは,3つのシステム構成案があるからである。また,一番下の導入1年目までの総額が,開発費・設備費の合計とランニング・コストそれぞれの最低値の合計あるいは最大値の合計ではないのは,開発費・設備費は相対的に安いが,ランニング・コストはかかってしまうシステム構成案と,逆に開発費・設備費は相対的に高いが,ランニング・コストは安くてすむシステム構成案があるからである。詳しくはPDFになっている勉強会報告書をご覧いただきたい。

 在り方報告書案では,このうち,番号ポータビリティのユーザー数が10%の場合の数字を採用した。すなわち約928億~1411億円である。

導入の経済効果は3000億円近く

 在り方報告書案では,費用に対する便益の試算にページ数を割いた。まず,番号ポータビリティによる便益は,3種類に分けられるとする。

  • 番号ポータビリティのユーザーが得られる効果(直接便益)
  • 番号ポータビリティを利用しない携帯電話ユーザーが得られる効果(間接便益1)
  • すべての携帯電話ユーザーが得られる効果(間接便益2)
  •  直接便益は,番号変更通知費用の削減効果を算出した。番号ポータビリティ導入によって,電話料金が安くなるといったメリットは,すべての携帯電話ユーザーに関係するので間接便益2に含むとした。そこで番号変更通知がいらなくなるというメリットを試算したのである。これは名刺や封筒の刷り直しが含まれる。

     この費用は,番号ポータビリティ・ユーザーに占める法人の割合によって大きく異なる。大前提として,携帯電話ユーザーのうち,10%が番号ポータビリティを使うとする。そのうち法人ユーザーが占める割合が0%なら約37億円削減,50%なら約855億円の削減が見込まれるとしている。

     間接便益1では,番号ポータビリティ導入により機種変更費用が安くなる可能性があるので,その便益を試算した。この便益は携帯電話の買い換えサイクルが短いほど大きくなる。試算では,2年に1回買い換えると約1995億円,1.4年に1回買い換えると約2850億円のメリットが生まれるとしている。

     最後の間接便益2は,通信料金が10%下がったとして約2696億円の「消費者余剰」が発生するとしている。この金額だけ携帯電話事業者が損するということではなく,事業者は通信料金が下がった分よりも,ユーザーが若干増えるので,ほぼ変わらないとしている。

     こうして3つの便益を試算したわけだが,通信料金が下がっても,機種変更費用は変わらない可能性があり,最終的な便益としては,間接便益1をのぞいた直接便益+間接便益2とした。その結果,約2733億~3551億円の便益があるとした。約2696億円という通信料金値下げの間接便益2さえあれば,費用は上回るので,間接便益1が実現しなくても,結論には影響しないということだろう。

     こうして,費用と便益が試算できたところで,在り方報告書案は番号ポータビリティ導入による便益(約2733億~3551億円)は導入費用(約928億~1411億円)を上回る,と結論付けている。

     このように携帯電話のユーザーにとっては番号ポータビリティ導入はメリットが大きいことが示されたが,サービスを提供する側の事業者にとってはどうか。事業者はもともと番号ポータビリティ導入に及び腰だった(関連記事)。だが,在り方報告書案では,通話料料金が10%下がっても通話料の伸びの方が大きく,総通話料収入は1.053とわずかながら増えるとしている(注1)。少なくとも大きく損することはないのだから,導入に踏み切るべしという総務省の意向だろう。

    注1:在り方報告書案では,価格が1%下がったときに,需要は1.17%増えると仮定した。この1.17という数字はいくつか数値が試算されている中で,もっとも小さい,「通話需要関数の推定」(河村真,実積寿也,1998年郵政研究所ディスカッション・ペーパー・シリーズNo.1998-18)の値を採用したとしている。

    2006年夏にも導入可能

     在り方報告書案では,番号ポータビリティの導入時期についても考察している。研究会での検討後,導入までには3段階ある。

    1. 実現に向けた詳細仕様の検討(6カ月)
    2. 事業者ごとにシステムの開発(15~24カ月)
    3. 相互接続試験などシステムの試験(6~9カ月)

     トータル,最短で27カ月後,遅くとも39カ月後になる。4月末に在り方報告書が完成して,2004年5月からスタートすると,最短で2006年夏ということになる。在り方報告書案では「平成18年(2006年)度のなるべく早い時期をめどに実施されることが適当である」と結論づけている。

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     この(上)ではまず,報告書(案)の内容を確認した。明日公開の(下)では,これを踏まえて,番号ポータビリティがどのような分野に影響をもたらすのか,筆者の考えを紹介させていただきたい。

    (和田 英一=IT Pro)