新年度が始まった。今年度は通信サービスを取り巻く制度が大きく変わる節目となりそうだ。

 まずは4月1日に電気通信事業法が大改正(関連記事)。設備を自前で持つ「第一種」と持たない「第二種」という通信事業者の区分が取り払われた。さらに第二種にだけ認められていた「相対契約」が解禁。ほとんどの通信サービスで,提供者と利用者が1対1で自由に契約を結べるようになった。

 規制も変わるかもしれない。総務省は通信サービス市場の競争状況を調査し始めた。この6月にも取りまとめられ,結果によっては従来の枠組みが変わる可能性もある。

ついに廃止の方向性を明言,加入権廃止でユーザー増?

 筆者が特に注目しているのは,固定電話を初めて導入する際に東西NTTに支払う「7万2000円」。いわゆる「電話加入権」の行方である。個人と企業の両者にとって大きい問題だ,と筆者は考えている。

 事の発端は昨年の12月。通信サービスを所管する総務省の研究会が制度の見直しを求める提言をまとめたのである。具体的には,基本料等に関するスタディグループが「廃止を含めそのあり方を検討すべき」と結論付けた(関連記事)。「電話加入権の廃止」が初めて明言されたのだ。総務省が集めたメンバーによる研究会とはいえ,多かれ少なかれ総務省,つまり国の意向を反映したものといえる。

 なぜ今になって,電話加入権を廃止するという議論が巻き起こったのか。最大の理由は「固定電話の加入者が減っていること」だという。実際,ISDNの加入者はダイヤルアップ・ユーザーのADSL(asymmetric digital subscriber line)への移行などで急激に減少。加入電話も99年には6000万弱だったが,5000万強まで大幅に落ち込んでいる。

 研究会の報告書は「高い一時金を支払うことが加入の妨げになっているのでは」と指摘する。電話加入権を廃止して固定電話導入時の負担を軽減(注1)。固定電話を今より気軽に引いてもらい,加入者の減少を抑えようというのである。例えば,米国のように電話とFAXで1本ずつ。さらにADSLでもう1本という皮算用である。

注1:総務省の調査によると諸外国における固定電話の加入時に支払う料金は軒並み低い。円換算で,米ニューヨークが6468円,英ロンドンが1万2001円,フランスのパリが4995円,スイスのジュネーブが3363円。これを見る限り,日本の電話加入権7万2000円と契約料800円の合計7万2800円が突出していることが浮き彫りとなる。

 ただし時代は固定電話から携帯電話に完全に移っている。学生や若い社会人を中心に,電話は携帯電話やPHSだけというユーザーは少なくない。今回,知人に聞いてみたところ,固定電話を引いていないという人が意外と多く驚いた。ほとんど家にいないのであれば,固定電話はさほど必要ないという意見も納得がいく。

すでに“負担”は軽減されているはず

 もっとも“導入負担の軽減”の側面では,すでに電話加入権が不要な「加入電話ライト」が2002年2月に始まっている(注2)。加入権に相当する分を,毎月640円ずつ支払うプランだ。単純計算でおよそ112カ月分。つまり10年弱かかって,7万2000円を分割払いするようなものだ。

注2:ライトプランは7万2000円を支払う加入方法と比べて,(1)利用の休止や権利の譲渡,質権の設定などができない,(2)基本契約期間が1カ月(加入権ありはなし),といった制限がある。

 ライト・プランはやはり支持された。ライト・プラン導入後の2003年3月までの1年間で,電話の新規申し込みは従来どおりの電話加入権ありが2万件に対して,「ライトプラン」が55万件。実に20倍以上だ。ADSLを導入するため,“しょうがなく”ライト・プランを選択したユーザーも多いと見られる。

 ちょっとおかしいのではないか。ライト・プランがあれば「負担を小さくする」というのは実現されているではないか。仮に電話加入権を廃止しても,それに相当する額が毎月の料金に上乗せされる可能性が高いからだ。毎月上乗せで支払うのであれば,まさにライト・プランである。

加入権は戦後復興時の制度

 この疑問を総務省のある幹部にぶつけた。すると「制度は昭和53年の時点で無くすべきだった」と切り出した。昭和53年というと西暦では1978年。筆者がまだ小学生のころだ。そして「この制度は戦後復興時のもの」と教えてくれた。どうも長い歴史があるようだ。

 関係者の話を総合すると,戦後の復興時はNTTだけではメタル線や電信柱などインフラを敷設する資金を賄えなかった。これを補うために電話加入権の制度を導入し,資金として使ってきたのだという(注3)。戦後から昭和53年のあたりまでは,ユーザーの電話新設の要望に工事が追い付かず,順番待ちを余儀なくされるケースがあった。

注3:電話の敷設を助ける資金としては,「電信電話債権」があった。電信電話債権への出資金は電話を解約する時にユーザーに返還する。昭和58年に廃止している。

本名は「施設設置負担金」

 筆者は大きな勘違いをしていた。7万2000円は電話インフラを整備するための“資金負担”であって,正式名称を「施設設置負担金」と言うのだ。「電話加入権は施設設置負担金を支払ったユーザーが得られる,電話を引くことができる権利」(NTT地域会社のある担当者)という。この施設設置負担金は「電話インフラの整備に使ってきたもので返還する義務はない」(同)という性格のものだという。設置負担金はユーザーがNTT地域会社に7万2000円を支払った時点で“消滅”。電話加入権だけが残るのである。

 街中の業者や家電量販店で格安に販売している「電話加入権」はまさしく電話に加入する権利だけなのだ。電話加入権を購入すれば電話を引くことができる。ただし設置負担金をやり取りしているわけではないのだ。

 混乱を避けるため,ここからは施設設置負担金と電話加入権を使い分けることにする。

複雑な歴史を持つ加入権制度

 NTT地域会社はどうしたいのか。前出の担当者は「施設設置負担金の件は総務省が仕切っているので動向を見守っている」と前置きしたうえで,「本音を言えば制度上は自由に廃止できる。ただし権利関係の問題がある。一株式会社としてはなんともしがたい」と打ち明ける。

 総務省幹部は「NTTができないのであれば,総務省が加入権廃止の悪役を引き受けてもいい」と明かすが,「NTTは廃止をするなら加入権制度をユーザーにきちんと説明をすべき」と釘を刺す。

 これは意外と根が深い。例えば,前出の総務省幹部は「通信の法律では質権がないとしたのに,時限立法で質権があることにされてしまった。個人事業主が施設設置負担金を質に入れて融資を受け操業資金にしていたケースもあるようだ」と困惑顔で語る。電話加入権の取引業者にとっても死活問題だ。手持ちの“在庫”の価値が無くなるからだ。

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 今日は,電話加入権の廃止を巡る議論の経緯と,電話加入権と施設設置負担金が生まれた歴史的背景などをまとめてみた。明日の(下)では,これらを踏まえて,筆者の意見をご紹介したいと思う。

(市嶋 洋平=日経コミュニケーション)