恋愛には,男女それぞれの物語がある――。中京広域圏のフジテレビ系列局である東海テレビ放送はこの3月,地上デジタル放送で恋愛ドラマを放送した。視聴者はチャンネルを切り替えることで,男性を主人公とした物語と,女性を主人公にした物語を選べる。リモコン操作により,物語に登場した商品や店舗の詳細な情報も静止画や文字データで確認できる。

 地上デジタル放送の特徴を生かした高度な番組を提供する動きが,地方局の中で目立つようになってきた。高画質なハイビジョン番組の提供にとどまらず,複数のチャンネルを同時に流せる「マルチチャンネル編成」や,番組に関連する情報を静止画や文字で配信する「番組連動型データ放送」といった技術を駆使するのが特徴である。

 東海テレビ放送はこのほかにも,平日の午前中に放送している生活情報番組で,3月に番組連動型データ放送を始めた。番組で紹介した食材の料理法や衣服のコーディネートの仕方などを,データ放送で提供している。

 愛知県の県域放送事業者であるテレビ東京系列局のテレビ愛知は,マルチチャンネル編成により英国とドイツの放送事業者がそれぞれ制作した国際ニュースを,毎週火曜日の早朝に同時に放送している。近畿広域圏では,TBS系列局である毎日放送がマルチ編成による通信販売番組を平日の午前中に放送する。通常の通信販売番組と,過去に放送した通販番組の再放送を同時に流している。

地方局に先行されたキー局の不安

 デジタル技術を活用するこれらの地方局に対して,民放キー局各社は番組連動型データ放送やマルチチャンネル編成による番組をほとんど提供していない。民放キー局は地上アナログ放送の番組制作面では地方局をリードしているだけに,デジタル放送での逆転現象が際立つ。

 現在,地上デジタル放送が提供されているのは関東・近畿・中京の三大広域圏である。すでに近畿広域圏の地方局は280万世帯を,中京広域圏の地方局は240万世帯をカバーする地域で地上デジタル放送を提供している。一方,民放キー局の放送区域である関東広域圏で地上デジタル放送が視聴可能な世帯は,依然として12万件にすぎない。キー局の提供エリアが極めて狭い範囲に限られていることから,まだデジタル放送に本腰を入れていないという状況が,逆転現象の背景にありそうだ。

 こうした地方局の先行を問題視するキー局の関係者も少なくない。地方局がデジタル技術を駆使した高度な番組を制作しても,それに見合う広告料をスポンサーから得られていない場合があるからだ。

 地上デジタル放送受信機の出荷台数は2004年2月末時点で60万7000台と,世帯普及率は1%程度にとどまる。広告放送として成り立つ状況ではない。ある大手広告代理店の幹部は,「景気の低迷が続いており,多額の広告料を支払ってまでデジタル放送の普及を支援するスポンサー企業は見つからない」という。

普及に応じた広告料を得る営業努力が不可欠

 広告効果がほとんど見込めない現段階においては,デジタル技術を生かした番組の広告枠を実質的に無料にするなどして,スポンサーを集めている地方局もいるようだ。こうしたことが積み重なれば,「高度な番組の広告料の相場を放送事業者が自ら引き下げることになる」と危惧する声が民放キー局から上がる。「デジタル技術を生かした番組であっても,その広告価値は低い」との認識がスポンサー企業の間に定着すれば,いずれデジタル放送の普及が進んでも,その番組に見合う広告料を得られない恐れがあるというのだ。

 そのため,ある民放キー局の関係者は,「普及がある程度進むまで,地方局はデジタル技術を活用した番組の制作は控えるべきだ」と主張する。

 しかし,デジタル技術を生かした番組を提供することが,地上デジタル放送の普及を後押しすることにもなる。民放各社にとっては,高度で魅力的な番組を制作しながらも,普及状況に応じた広告料を得るための営業努力が不可欠になりそうだ。

(吉野 次郎=日経ニューメディア)