やや長い名前だが「基盤的ソフトウェア技術開拓のための研究開発専門委員会」をご存じだろうか。これは,日本がこれまで弱かった,OSやミドルウエアといった基盤ソフトウエア分野の国際競争力強化を目指した活動である。

 同委員会の目的は2つある。1つはソフトウエア技術の現状や動向を踏まえた「ソフトウエアの研究開発戦略」を公表すること。もう1つは,産官学が協力して革新的・実践的なソフトウエア研究を行う仕組みを作ることである。ソフトウエアの設計・生産技術の改善や人材育成,政策提言なども行っていく。

「日本もやればできるはず」

 活動がスタートしたのは2002年12月。故・水野幸男 元NEC副社長が,産官学のキーパーソンに呼びかけて始まった。委員長は中央大学の土居範久教授。IT業界側からはJISA(情報サービス産業協会)の佐藤雄二朗会長,CSKの有賀貞一副社長,NECソフトの関隆明社長,野村総合研究所の太田清史副会長,電通国際情報サービスの瀧浪壽太郎社長,元IBM副社長の三井信雄氏などが参加。いずれも日ごろからIT業界に強い問題意識を持つ面々であり,会議には代理ではなく本人が出席して侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を戦わせている。これはITベンダー自身の危機感の表れと言えるだろう。

 大学側からは大学教授や国立研究所の所長など18人が参加しており,経済産業省情報振興課と文部科学省情報課の課長も出席している。活動は3年計画。5月ごろに中間報告書を出す予定だ。中間報告では,ソフトウエア研究の仕組みのたたき台や研究テーマの候補などが発表される予定である。

 メンバーの1人であるCSKの有賀貞一副社長は,「日本にも革新的なソフトを生み出す芽はある。しかしそれを生かしたビジネス・モデルを作ったり,開発者に経営の力をつけさせるなど,普及させるための環境が弱い。強い基盤ソフトを生み出し育てる,5年先,10年先を見据えた取組みだ」と話す。

 委員長を務める中央大学の土居範久教授も「日本にもRubyやITRONなど,世界に影響を与えた優れた基盤ソフトは多い。それに,昔は日本のソフトウエア技術は強かった。米国以外では唯一メインフレームのハード,ソフトを開発していた。日本もやればできるはず。このプロジェクトは基盤ソフトにおける世界制覇計画だ」と言う。

約76倍の輸入超過

 日本の基盤ソフトに関する国際競争力は,現状では「弱い」と言わざるを得ない。実際,OSやミドルウエアは大部分が欧米製だ。JISAが2003年12月に発表した調査結果によれば,2002年のソフトウエア輸出額のうち,基盤ソフトウエアは13億2400万円。これに対して輸入額は1005億1900万円。実に輸出額の約76倍に上る“輸入超過”である。

 なぜこうなってしまったのか。その大きな要因は,90年代のオープン時代になって「売れる製品を売る」という姿勢ゆえに,日本のメーカーが海外製のハード/ソフト製品を販売することを選び,国際競争力のある製品を自前で開発することを怠ってきたことだろう。「日本語の壁」が逆に作用して,世界に目を向けなかったという要因も考えられる。

 日本がまだ強かったメインフレーム時代には,OSやコンパイラ,データベースを開発する仕事は多かった。しかし,オープン時代になって海外製のソフトを利用するのがあたりまえになるとともに,基盤ソフトを開発する仕事そのものが激減,結果的に基盤ソフトを開発できるだけの高度な技術力は低下している。

 海外製のOSやミドルウエアを組み合わせてシステムを開発するシステム・インテグレータにとっても,OSやミドルウエアがブラックボックスであるがゆえに,自らがシステム全体の品質・機能をコントロールできないという弊害を招いてしまっている。

 大学や国立研究所でも,世界に通用するような革新的な研究成果は,あまり生まれていない。さらに,大学や国立研究所におけるIT関連の研究者数も少ない。日本情報処理開発協会(JIPDEC)の調査組織である先端情報技術調査・普及グループ(AITRG)によれば,大学のIT関連の研究者数は日本が2600人であるのに対して,米国は2万7000人。国立研究所の研究者は1000人に対して3万人と,それぞれ10倍,30倍もの開きがある。数だけが重要ではないが,劣勢は明らかだろう。

 国家レベルの情報通信政策の弱さという問題もある。計画の成否や方法の善し悪しは別にして,70年代の国産コンピュータ育成に関する施策や80年代のΣ(シグマ)計画のように,かつては競争力強化のための国家的プロジェクトが存在していた。最近はこうした大規模な国家プロジェクトは影を潜めている。

 しかも,コンピュータ・情報関連行政は経済産業省,通信行政は総務省,大学・基礎研究は文部科学省という具合に,情報通信関連の行政機能が分断されており,日本としてまとまった情報通信政策を打ち出せていない。省庁間のIT研究テーマの連携・調整機構(NITRD:National Coordination Office for Information Technology Research and Development)を持つ米国とは対照的である。

 こうした状況を打破することこそ,「基盤的ソフトウェア技術開拓のための研究開発専門委員会」の狙いである。もちろん,そう簡単ではないだろう。人によっては「ドンキホーテ」のように映るかもしれない。だが,委員会のメンバーは本気だ。「日本の基盤ソフトの世界制覇」。何年先になるかは分からないが,ぜひ実現してほしいと思う。

(玉置 亮太=日経ITプロフェッショナル)