低価格のLANスイッチでも,ギガビット・イーサネットのポートを備えた製品が珍しくなくなってきた。例えば,パソコンの周辺機器ベンダーのバッファローは,8ポートすべてがギガビット・イーサネット対応の「LSW-GT-8C」を定価1万1800円で販売している。ポート単価で見ると1500円弱にまで落ちてきた計算だ。

 企業向けのLANスイッチはさらに高速化している。将来的にアップリンクとして10ギガビット・イーサネットのポートを増設できるオフィス向けLANスイッチが登場したのだ。エクストリーム ネットワークスの発売したレイヤー3スイッチ「Summit400シリーズ」がそれ。標準でギガビット・イーサネットを48ポート収容できるほか,10ギガビット・イーサネットのポートを搭載できる拡張スロットが二つ付いて,定価192万円からになっている。今後,他社からも同様の製品が登場してくるだろう。

 10ギガビット・イーサネットといえば,イーサネットの最初の規格である10BASE5に比べて実に1000倍の伝送速度を実現する規格である。そんな規格に対応する製品をオフィスに導入する決断を下すということは,「将来の帯域増を見越した賢い選択」か,それとも「度が過ぎる先行投資」か――。

 今回は,企業ネットワークのデスクトップにギガビット・イーサネット,基幹LANに10ギガビット・イーサネットを導入することの必要性について考えていきたい。

大きな変化がない企業内ネットワークのアプリケーション

 企業内のネットワーク・アプリケーションは,ここ数年あまり様変わりしていないように見える。主なアプリケーションといわれれば,Webをベースとしたイントラネット,グループウエアなどが頭に浮かぶ。どれを取ってみても,ネットワークに対して大きな負荷をかけるアプリケーションではない。

 大きな変化といえば,セキュリティの重要性が増したことと,IP電話の導入が進んだことくらい。しかし,セキュリティ自体はネットワークの負荷とは直接関係がないし,IP電話にしたところで1通話で消費する帯域は64kビット/秒にすぎない。10Mビット/秒のイーサネットでもIP電話を通すには十分すぎる帯域がある。

 ネットワークの帯域を大きく消費するアプリケーションといえば,テレビ電話などの動画系アプリケーションがすぐに思い浮かぶ。しかし,こうしたアプリケーションが大々的に企業ネットワークで採用されたという話は相変わらずあまり聞かない。動画以上に大量のデータをやりとりするアプリケーションも登場してこない。

 今後企業への導入が期待されるネットワーク・アプリケーションに「グリッド・コンピューティング」がある。グリッド・コンピューティングとは,P2P(peer to peer)技術で複数のコンピュータを連携させ,高性能コンピュータとして活用するというもの。しかし,グリッド・コンピューティングにしたところで,ネットワークのトラフィックを膨大に消費するようなアプリケーションとは言いがたい。

 趣味で作った動画ファイルをコンピュータ間で送受信するような家庭内LANならいざ知らず,企業内で大量のデータをやりとりするケースは考えにくいのが実情なのである(もし,大容量ファイルの送受信が必要な企業内ネットワークのアプリケーションを実際に利用している読者がいらしたら,ぜひコメントとしてお寄せいただきたい)。

 ということは,ネットワークの帯域はこれ以上拡張する必要はなさそう。ましてや,基幹LANに10Gビット/秒,デスクトップに1Gビット/秒のLANを導入しなければならない理由は見当たらない。こう考えてしまっていいのだろうか?

 いや,短絡的にそう考えるべきではない。なぜなら,大容量のファイルをやりとりするなど膨大なトラフィックを必要としなくても,ネットワークを高速化することのメリットはあるからだ。

業務効率の向上で重要なのは帯域よりもレスポンス

 そのメリットとは,ある程度大きなサイズでもファイルを瞬時にやりとりできる「すばやいレスポンス」である。

 同じサイズのファイルを取り出す場合でも,速度が10倍になればファイル転送にかかる時間は10分の1になる。速度が100倍になれば時間は100分の1に,速度が1000倍なら時間は1000分の1で済む。最近は,プレゼンテーション資料や写真を張り込んだような凝った文書を作ると,そのファイル・サイズは数Mバイトになってしまう。速度の遅いネットワークを使っていると,サーバー上にあるそうしたファイルを開こうとしても,コンピュータの処理時間に加えてサーバーからファイルを読み出す時間がかかる。その間ユーザーは待っているだけだ。つまり,レスポンスは,ユーザーの生産性に直結するのである。

 例えば,病院で高速のLAN環境を入れた事例があるという。その病院では,患者のレントゲン写真をLAN経由で各医師のパソコンに表示するシステムを導入。各パソコンをギガビット・イーサネットでLANに接続し,高精細なレントゲン写真をどの医師の席でも瞬時に取り出せるようにした。こうすることで,診察時間の短縮,つまり業務の効率化を実現したという話だ。

 ただし,こうしたアプリケーションのレスポンス向上は,ネットワークの高速化だけでは成立しない。サーバー側のアプリケーションの作りこみやクライアント・パソコンの処理能力なども考慮しなければならない。

 それでも,肝心なのは,コンピュータ・システムにとってサーバーとクライアントを結ぶネットワークの処理時間をほぼ意識せずに済むようになるという点である。ソフトウエアを含むコンピュータ・システムの処理性能アップが,そのままレスポンス向上につながり,最終的に業務効率の向上につながるという構図が出来上がる。

レスポンス向上が業務効率アップにつながるアプリはあるか?

 つまり,結論はこうなる。「レスポンス向上で業務効率が向上するコンピュータ・システムを運用している企業なら,10ギガビット・イーサネットの基幹LAN構築を検討する意味はある」――。しかし,これも“程度問題”であることには注意しておくべきだ。仮にそのようなアプリケーションがあったとしても,100Mビット/秒のイーサネットでも十分なケースは多いはず。本当にデスクトップにまでギガビット・イーサネットを導入する価値があるかどうかは,慎重に検討する必要があるだろう。

 逆にいえば,大量のデータをやりとりするわけでもなく,コンピュータ・システムのレスポンス向上が業務効率を向上するわけでもないような職場だと,社内ネットワークの速度をアップさせる意味はあまりない。

 ベンダー側の視点に立てば,ユーザーの業務を理解し,レスポンス向上が業務効率のアップにつながるようなコンピュータ・システムを提案できるかどうかが,ギガビット・イーサネット対応機器の販売につながることになりそうだ。

 まあ,最新のパソコンには当たり前のようにギガビット・イーサネット対応のLANポートが標準搭載されているし,冒頭に書いたようにLANスイッチもどんどんギガビット・イーサネット対応が進んでいる。社内のエンド・ユーザーが知らないうちにデスクトップまでギガビット・イーサネットに置き換わっていたというケースも,今後出てくるかもしれない。

ネットワークの高速化の意味を押さえよう

 実は,「スループットではなくレスポンスを重視すべき」という視点は目新しいものではない。イーサネットが10Mビット/秒から100Mビット/秒へ高速化する場面でもさんざん語り尽くされた議論である。では,今あえてこうした視点で記事を書いたのはなぜが。それには理由がある。

 インターネットでもそうだが,最近は「速度」と「スループット」をイコールで考えるユーザーが増えているように感じる。しかし,両者は別物。ギガビット・イーサネットの「1Gビット/秒」という速度は,ビット列をどれだけの速度でケーブルや電波の向こうの端末やネットワーク機器に送り出せるかという「物理回線速度」。一方のスループットは,コンピュータ間でひっきりなしにデータをネットワークに送り続け,単位時間当たりどれだけのデータを相手に届けられるかを示す数値になる。

 もちろん,物理回線速度が高速になれば,それだけ大量のデータをやりとりできるようになる。しかし,物理伝送速度が高速だからといって同じスループットを期待するのは間違いだ。

 イーサネットやIPは,データを「フレーム」や「パケット」と呼ばれる単位に細切れにして伝送する技術。こうすることで,基幹ネットワーク部分で,複数の端末からのデータを1本の回線にまとめて送れるようになる。つまり,どんなに高速なインタフェースでネットワークに接続しても,いったんLANスイッチのネットワークやIPネットワークを経由してしまうと,そのスループットは保証されなくなる。これが,ベストエフォートのネットワークの宿命である。

 スループットは保証されなくなるが,短いデータをやりとりするなら,高いレスポンスはそのまま維持される。基幹ネットワーク部分でも,データは待たされることなく,他のパソコンのデータとデータの間に詰められて送られるからである。

 こうしたネットワークを高速化する意味を押さえておけば,社内LANを刷新する場合などの一つの指標になるのではないだろうか。

(藤川 雅朗=日経NETWORK)