「ERPは,まだ記事になりますかねえ・・・」。あるERPパッケージ(統合業務パッケージ)ベンダーの担当者との雑談の最中に,冗談交じりにこう尋ねられたことが印象に残っている。ちょうど,日経ソリューションビジネスの3月15日号特集「従来型ERPビジネスの終焉」の取材をしていた真最中のことだ。

 本誌でもERPパッケージは,これまでにもたびたび登場してきたいわば“常連”だ。掲載されたERP関連の記事に対する読者の関心も高く,主役とまで言わないまでも,ソリューションプロバイダにとっては重要な“IT商材”の一角を占めていたはずである。

5割強が未導入も,頭打ちの感がささやかれ始める

 今回の取材では,複数のERPベンダーからは「一巡した感がある」や「特に大手企業で飽和感がある」などの声も聞こえてきた。

 それでは,ERP市場が頭打ちなのかというと,決してそうではない。日本ユーザー・システム協会(JUAS)がユーザー企業を対象に調査した「ユーザ企業IT動向調査2004」によると,2003年度のERPパッケージの普及率は44%。前年度の30%から14ポイントも増加したとはいえ,それでも56%がERPパッケージを利用していないことになる。ERPパッケージを導入していない企業が過半数を占めており,まだまだ開拓の余地が残されている有望なマーケットだと言える。

 にもかかわらず,ERP市場に頭打ち感が出始めているのはなぜだろうか。その最も大きな理由の一つが,既存システムを利用しているユーザー企業が,なかなか導入に踏み切らないようになってきたからだ。

 「ユーザー企業が,ERPについてよく勉強して賢くなってきている」。ERPベンダーは,異口同音にこう言う。「昔は機能の一覧表を作って○×を付けてその優劣に目先が行っていた。しかし,今は,ユーザー企業が,他社がERPを利用している状況を見て,具体的な導入効果を見極めるようになってきた」と,あるERPベンダー幹部は明かす。

 ERP市場で,これまで日本でも大きなシェアを占めてきたのが,ドイツSAPや米Oracleといった欧米企業の製品である。だが,欧米型のERPがベスト・プラクティス(最も優れた業務の形態)である,という神話は,すっかり過去のものになってしまった。ERPを導入しても使いこなせずに,思ったような効果が出せない事例が身近にあるからだ。具体的な投資対効果を見極めようとするユーザー企業は,もはやベンダーの甘いささやきには追従しなくなっている。

 ERPの商談は2巡目に入ってきたという見方をするベンダーもある。高い費用をかけて外資系ベンダーのERPパッケージを入れたものの,思っていたような効果が出せなかったために,入れ替えを検討するユーザー企業もあるという。

 また,ユーザーはERP導入に費用がかかりすぎていたことに対しても,疑問を抱くようになっている。ソフトのライセンスだけでなく,導入の際のコンサルティングやカスタマイズに巨額の費用を払うことに嫌気がさしているのだ。「中には,赤字プロジェクトに陥っても,すでに投資をしすぎたために引くに引けないような企業もある」と,ある業界関係者は明かす。

“ERP=高額”の図式を作り出している元凶

 「SAPはドイツの高級車メルセデス・ベンツのようなもの」。あるソリューションプロバイダ幹部が例えるように,R/3には,これまで「高い」というイメージが付きまとっていた。

 ところが,基幹システムに詳しいソリューションプロバイダの担当者は次のように,費用の実状について語る。「他社の製品に比べても,R/3のライセンス価格は決して高くはない。にもかかわらず,なぜ高いと言われるのかというと,実はERPプロジェクト全体の85%は人件費やハードの金額で,オーダー・メイドの部分だ。コンサルティング会社やシステム・インテグレータ各社によって単価はバラバラだが,人月工数に比例して高くなる仕組みになっている」。また,ある業界関係者は「10億円のプロジェクトがあるとすれば,4億円はコンサルティングで,しかも8割方はあってもなくてもいいもの」と指摘する。

 ERPパッケージ・ベンダーが,ユーザーに巨額の費用の負担を強いるコンサルティングや大掛かりのカスタマイズなどをしなければならないような製品を提供し続けてきた責任もある。だが,どうやら「ERP=高い」というイメージは,ソフトウエアのライセンス価格だけに起因するものではなさそうだ。

 ソリューションプロバイダにとっては,ERP導入に付随するビジネスは大きな収益源だった。例えば,SAPジャパンのパートナーは全カテゴリで計160社あるが,そのうちの実に142社(注1)が,コンサルティングやシステム・インテグレーション,インプリメンテーションなどを手掛けるサービスパートナーであり,いかに多くのソリューションプロバイダが導入にかかわるコンサルティングやカスタマイズでビジネスをしてきたかがうかがわれる。

注1:SAPジャパンには,サービスパートナーの他にも,テクノロジーパートナー,チャネルパートナー,ソフトウェアパートナー,ホスティングパートナー,エデュケーションパートナーのカテゴリがある。本文中の「142社」には,複数のカテゴリを兼任する企業も含まれる。

 しかし,このビジネス・モデルがもはや通用しなくなってきた。繰り返しになるが,ユーザー企業は,ITベンダーの言われるままに,高いお金を支払ってまでERPパッケージを導入しないからだ。ある外資系ERPベンダー幹部も「ソリューションプロバイダが,カスタマイズやコンサルティングで大きな収益を得るのは,今後ますます困難になるだろう」と認める。

ERPベンダーの戦略はユーザー企業の負担を減らす方向に

 JUASから,もう一つ興味深い調査結果が出されている。ERPのカスタマイズの状況である。「自社用に作り込んで利用」が2003年度は30%と前年度に比べて20%もダウンしているのに対して,「業務をパッケージに合わせて利用」が前年度比6ポイント増の27%,「データ定義を一部修正する程度でほとんどそのまま利用」が同17%増の33%となっている。

 これは,ユーザー企業が,業務をパッケージに合わせているのではない。むしろ,パッケージがユーザーのニーズに合わせるようになり,次第にカスタマイズの負担が減る方向にきていると見られる。実際にERPベンダーの戦略も,できるだけカスタマイズやコンサルティングなどにかかる負担を減らそうという戦略に変わってきている。

 その一例が,主に外資系ベンダーが積極的に提案している業種別のソリューション・テンプレートだ。定額制や短期間導入を売りに,中堅・中小企業開拓を狙う。もう一つは,SAPのNetWeaverに代表される既存システムと連携させて情報を有効活用できるような仕組みを提供する新たなアーキテクチャの戦略である。

 こうしたベンダーの戦略の中では,アーキテクチャが主役で,ERPはアーキテクチャに付随するまるで“おまけ”のような存在にすら見える。また,国産のベンダーの中には,ワークスアプリケーションズのように,ユーザーのニーズを製品に網羅してノンカスタマイズを売りにするベンダーが導入企業を増やしている。

 こうしたERPベンダーの努力によって,今後まだまだ市場は伸びていく余地はある。だが,ベンダーの戦略やユーザー企業の意識の変化によって,ERPは“コモディティ化”が進むだろう。ERPはあくまでも業務を効率化させて,コスト削減を図るためのもの。言い方は悪いかもしれないが,「リストラのためのツール」とも言える。ERPを導入することが,企業の価値を上げるものではない。「目的にさえ合うものならば,バックのシステムは何でもいいとユーザー企業はみている」と,あるベンダーの幹部は言う。

 ソリューションプロバイダにとっても,もはやERP導入だけでビジネスをする時期ではなくなっている。できるだけ安く早くERPを導入して,ERPを活用してコスト削減を実現できたら,今後はERPと組み合わせて,企業の売り上げに結びついて価値を提供する「増収ソリューション」を作り出して提案することが,ソリューションプロバイダには求められるようになる。

 さて,最初の話に戻そう。「今後ERPが記事になるのか」という問いへの答えだが,「増収ソリューション」と組み合わせたERPを組み合わせた提案が増えれば,ERPやERPビジネスは,まだまだ記事にすべき対象であり続けるのは間違いなさそうだ。

(中井 奨=日経ソリューションビジネス)