この2年で急速に普及したADSL。その魅力は速さと安さであるが,これと同じ動きが無線通信/移動体通信の世界でも始まっている――。こんなテーマで「モバイルADSLの胎動」という特集を組んだ(日経バイト2004年3月号)。きっかけは,TD-CDMAと呼ばれるこれまで使われていなかった方式による無線データ通信の可能性が高まってきたこと。総務省が技術検討を始めたことと,TD-CDMA向けの周波数帯域があらかじめ確保されていることがポイントとなった。

 無線通信では,その技術を使える周波数帯域があるかどうかが極めて重要な意味を持つ。今回の特集では,利用可能な周波数帯域についても調べた。すると,周波数割り当ての観点から見ると,今話題になっているTD-CDMA以外にも選択肢があることが分かった。ここでは,そのことについて述べようと思う。

総務省が中心となって技術検討を開始

 最初に,モバイル通信サービスを取り巻く状況を簡単に整理しよう。

 ソフトバンクBBやイー・アクセスなどのADSL事業者は,ADSLの高速化競争もほぼ終わり,次はモバイル通信サービスの可能性を探っている。ADSLは有線の通信なので,家やオフィスなど,使う場所が縛られる。無線技術を活用すれば,携帯電話のように場所にとらわれないサービスを提供できる。またTD-CDMAは,ADSLのように下り速度を上り速度よりも高速にしやすいという特徴を備える。モバイルADSLと呼ばれるゆえんである。現在,総務省では技術作業班を設置して,無線方式の検討を進めている。

 検討されている方式は大きく二つある。まずTD-CDMAだ。第3世代携帯電話の国際標準「IMT-2000」として制定されている5方式の中の一つである。現在,通信ベンチャーであるアイピーモバイルがNTTコミュニケーションズ,大井電気,慶應義塾大学と共同でフィールド実験を実施中。ソフトバンクBBもユーティースターコムと一緒に実験を計画している。

 もう一つは,TD-CDMA技術をベースとする「TD-SCDMA(MC)」である。イー・アクセスが推している。TD-SCDMA(MC)は,中国が採用したTD-CDMAの応用技術であるTD-SCDMAと似た名前だが,中身は違う。その実態は米Navini Networkが開発した独自技術「MCSB」(Multi-Carrier Synchronous Beamforming)である。TD-CDMAとTD-SCDMAはともにIMT-2000として認められた国際標準だが,TD-SCDMA(MC)はIMT-2000方式ではない。TD-SCDMA(MC)に似た技術はIMT-2000検討時に議論されたが,採用には至らなかったという。ただし,現在TD-SCDMA(MC)は米国の標準化団体であるT1委員会の承認は受けている。

 無線技術がIMT-2000として認められているかどうかは,周波数割り当てを判断する際に極めて重要な意味を持つ。なぜなら,冒頭で紹介したように、IMT-2000方式向けの周波数帯域は国際的にあらかじめ確保されているからだ。具体的には,2010M~2025MHzの15MHz幅が、上りと下りの通信に同じ帯域を使うTDD(時分割複信)方式のIMT-2000サービス用に空いているのである。TD-SCDMA(MC)はIMT-2000規格ではない。このため技術的に高い評価を得たとしても、2010M~2025MHzを割り当てていいかどうかは別の議論と成らざるを得ない。

FDD用が空いている!

 繰り返しになるが、新規参入事業者がTD-CDMAに熱い視線を送る理由の多くは、TD-CDMAには2010M~2025MHzの帯域が用意されていることにある。しかし、調べていくと、この15MHz幅の左右にも未割り当ての帯域がある。5MHz幅が全部で六つ、NTTドコモ、ボーダフォン、KDDIのそれぞれに割り当てられているIMT-2000サービス用帯域の境目が,その未割り当ての帯域である。

 これら未割り当ての帯域は,上りと下りの通信にそれぞれ異なる周波数帯域を使う「FDD」(周波数分割複信)と呼ばれる方式のIMT-2000向け帯域の中にある。FDD方式では,上り用と下り用の帯域をペアで使う。NTTドコモとボーダフォンは「W-CDMA」,KDDIは「CDMA2000」と呼ぶ方式を採用している。

 過去の経緯を振り返ると,2001年の段階で20MHzずつ3事業者に割り当てるという方針(第三世代移動通信システムの無線局免許に関する基本的方針)が決まっていた。だが,日本ではFDD方式のIMT-2000用帯域とPHSの帯域が隣接しているため,隣接帯域の一部が使えない。そこで不公平にならないように,事業者当たり15MHzを割り当てた。このため,PHSに隣接しない5MHz×5の帯域は,今すぐにでも使おうと思えば使える帯域なのである。

 2003年12月26日,総務省はこの5MHz幅を再割り当てするかどうかについて意見募集した。総務省は周波数の再編を進めているが,この帯域も検討すべきと考えている。また,「5MHz幅が複数空いているのだからこの帯域を割り当ててほしい」という要望もあったようだ。

 意見募集の結果は3月中に発表される予定だ。おそらく意見は,既存の携帯電話事業者と新規参入を狙う事業者とで対立するだろう。既存事業者は,「過去の経緯を重視して3事業者に割り当てるべき」と主張し,新規参入を狙う事業者は「競争を促進するために新規事業者に割り当てるべき」と訴えるはずだ。

 もし,5MHz幅を新規事業者にも割り当てるという可能性が出てくれば,どうなるだろう。もともとの割り当てがFDD方式用なのでTD-CDMAには使えない。ではFDD方式で手を挙げている事業者はいないのか。

 実は1社ある。ソフトバンクBBだ。TD-CDMAのほかに,CDMA2000の実験局の予備免許を取得しているのだ。ちなみに予備免許とは,実験局の免許を申請して総務省が実験内容を審査して認められた段階のこと。提出した実験計画書に沿って準備が整い,それを総務省が確認して認めた時点で本免許となる。

 通信事業者としてソフトバンクBBを見た場合,当初はユーザー・サポート(関連記事)やセキュリティ(関連記事),最近では個人情報の漏洩(関連記事)など,未成熟な部分が少なくない。だが,ADSLサービスがこれだけ急成長・急拡大した最大の要因は,ソフトバンクBBが破天荒な販売手法を取ったことだろう。モバイルADSLの今後を占う意味でも,まずは周波数再割り当ての行方に注目したい。

(堀内 かほり=日経バイト)