タイトルを見て,「何を今さら・・・」と思った読者もいるだろう。逆に,「ギクッ!」とされた方も少なからずいるのではないか。記者がユーザー企業を取材した範囲では,このところ「使われないシステム」が増えている。

 それらのシステムは無事に完成している。動き出してからバグが発覚したわけでもない。そうした意味で「動かないコンピュータ」ではない。システム部門にとっては“成功”プロジェクトと言える。

 だが,「システム構築の成功」と「システムの活用」は別の話である。無事に動き出したものの,当初の目論見どおりに利用されていないシステムは案外多い。利用部門や経営陣から見れば,「使われないシステム」は“ただの箱”だ。

「開発やテストで忙しい」は御法度

 「使われないシステム」が増加している背景には,導入目的の変化がある。システム投資の目的は業務効率の向上による「省力化」から,社員一人ひとりの生産性を高める「増力化」にシフトしつつある。

 CRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援)が,その典型だ。CRMやSFAは利用者の使い方によって導入効果に大きな差が出る。これらのシステムを導入したユーザー企業の多くが,当初の目論見どおりの効果を上げるのに悪戦苦闘している。システム部長は経営陣に「投資を回収できていない。どういうことだ」と問い詰められている。

 どうして「使われないシステム」が生まれてしまうのだろうか。「システムの機能が実際の業務からかけ離れている」とか,「使い勝手が悪い」といった理由がすぐに思い浮かぶ。

 だが,記者は「利用者教育の不備が大きいのでは」とにらんでいる。どんなに素晴らしいシステムでも,教育を怠ると,利用者はシステム部門が思い描いた通りに使ってくれない。

 当たり前のことだが,利用者が使いこなしてこそ,システムの導入効果は出る。ところが,システム部員の多くはシステムを期日通りに完成させることに忙殺され,利用者教育まで気が回らないのが現状だ。このままではいつまで経っても投資に見合った導入効果は出ない。

 「開発やテストで忙しいから,研修の準備は後回し」「稼働直前に利用者を集めて使い方を説明すれば何とかなる」。こう考えているようでは,システムの利用が進まず,手痛いしっぺ返しをくらう。期間とコストの両面で予定通りにシステムを作ることは,今後もシステム部門の重要なミッションであり続ける。だが,今後はそれだけで満足してはいけない。

 「これからのシステム部門は,『利用者がシステムをどう使うか』を想定して,教育内容を考える必要がある」。東レのシステム子会社である,東レシステムセンターの樋口強 企画管理部長兼ITサポート室長はこう主張する。「これまでは『作ること』ばかりに気を取られ過ぎてきたのではないか」と苦言を呈する。

研修やマニュアルを見直せ

 もちろん,これまでもシステム部門は利用者教育に力を注いできた。集合研修を実施して,システムの操作法を教えたり,スクリーン・ショット満載の立派なマニュアルを作成していた。

 だが,相変わらず利用者教育はシステム部門の悩みの種だ。日経コンピュータが昨年9月に実施した調査でも,「システムが計画通りに利用されていない原因」として「利用者への教育が不十分」を挙げる回答が上位に来た(詳細は,日経コンピュータ2003年11月13日号特集「2003年情報化実態調査」を参照)。

 「システムを正しく使ってもらうことは,システムを作るのと同じくらい,ときにはそれ以上に難しい」(IBMビジネスコンサルティングサービスの関根秀昭理事)。これまでのやり方ではシステムの活用度が上がらないことに気づいたいくつかの企業は最近,利用者教育の内容を抜本的に見直している。

 例えば,杏林製薬や東レは単純な集合研修をやめた。その代わり,利用者が本当に知りたい内容を事前に調べ,そのことを重点的に教えることにした。東レは「生データを使って実際に顧客の購買動向を分析する」といった研修もしている。

 利用者教育を開発の片手間仕事にしない企業もある。ミツカングループはERPパッケージ(統合業務パッケージ)で基幹系システムを刷新した際,システムが稼働する9カ月前に利用者教育の専門プロジェクトを立ち上げた。開発と教育のプロジェクトを並行して進めることで,研修が手薄になって現場が混乱するという問題を解決した。

 マニュアルのあり方を見直す動きもある。あえて薄いマニュアルを作るのだ。システム部員はマニュアルを作成する際,誤操作を防ごうとするあまり情報を詰め込み過ぎる傾向がある。結果としてマニュアルは分厚くなり,利用者の読む気を損ねている。

 一例を挙げると,ノエビアは代理店向けシステム「NO.ONE(ナンバー・ワン)」用に,システムの基本機能だけを説明した簡易版のマニュアルを作成した。伝票の発行や在庫確認といった業務の流れに沿って,システムの基本機能を一通り説明している。例外処理については,別途「詳細版」を用意して,こちらで説明している。

“使わせる”技術を蓄積しよう

 ここで紹介した各社の取り組みは,一見簡単そうだが,いざ実践に移そうとすると,さまざまな壁にぶち当たる。「余裕を持って研修を実施しようにも,利用者に見せる画面ができない」「マニュアルの堅苦しい説明文に代わる,うまい表現が思い浮かばない」といったことがある。

 実際,利用者教育に当たった情報システム担当者の中に,「実践は容易だった」と即答する人は一人もいない。システムの開発・運用と異なり,事例がほとんど公開されていないので,「自社のやり方に何が不足しているのか」や,「何をどのように変えればよいのか」をほぼゼロから考える必要があったからだ。

 「動かないコンピュータ」の防止は,昔も今もIT業界の大きなテーマである。しかし今後は「使われないコンピュータ」の防止にも真剣に取り組む必要があるのではないか。こうした考えから日経コンピュータの1月12日号で利用者教育に関する特集記事を書いた。

 少し前のベストセラー「『捨てる!』技術」にならって,「“使わせる”技術」というタイトルをつけようとしたが,編集長に却下された。「『使わせる』は傲慢。仮にシステム部門がそういう気持ちだとしたら,利用者教育の充実などできるはずがない」というのが,その論拠だ。

 確かに一理ある。だが,ほかのよい案がなかなか思いつかない。半ばヤケクソで出した「使ってナンボ」とのタイトル案がそのまま通った。

 記事の一部はIT Proでも公開している(こちらのページ)。「利用者がシステムを使ってくれない」と悩むシステム担当者は,ぜひご一読いただきたい。“使わせる”技術の蓄積に少しでも役立てば,記者としてもうれしい。

(栗原 雅=日経コンピュータ)