(本記事は,「IP電話の先,“次世代SIP網”を考える(上)」の続編です)

家電メーカーもSIPの採用に動き出す

 一方,家電メーカーもSIPの活用に向けて動き出している。例えば,松下電器産業やシャープ,三洋電機,そして通信事業者などが参加するNonPCインターネットコンソーシアムは,SIPを使ってデジタル家電や携帯情報端末を相互接続する実験を昨年10月から行っている。

 家電メーカーにとって,十分なセキュリティの確保や端末特定ができない環境で,デジタル家電製品をネットワークに接続する選択肢はあり得ない。ユーザーの多くは普通の消費者であり,そのユーザーにセキュリティへの“心構え”を求めることなど不可能だからだ。そのために,ネットワーク側に端末を特定し,セキュリティを確保する機能を持たせる必要があり,当然SIPはそのための有力技術になるわけだ。

 投資負担を考えれば理想的なシナリオは,通信事業者が提供するSIPベースのサービスを利用することである(これは通信事業者にとっても理想的なシナリオだ)。認証,セキュリティの確保,そして課金などを通信事業者にアウトソーシングすることで,自らはコンテンツ配信やオンライン保守などの専念できるからだ。

 ただし,現実には大きな壁がある。家電メーカーと通信事業者,特にNTTとは水と油の関係だからだ。家電メーカーと通信事業者の協業は極めて難しい。ある大手家電メーカーの幹部は「官僚的体質を引きずるNTTに,ネットワークの足周りを任せてはビジネスが成り立たない」と言い切るほどだ。

米国ではネット関連企業がSIPを主導する

 インターネット関連企業のSIP関連ビジネスの発想は,通信事業者や家電メーカーの発想とは全く異なる。

 この2月,あるインターネット関連企業の役員が住居を米国のシリコンバレーに移す。SIP関連のビジネスを起業するためだ。IP電話などを利用するためのクライアント・ソフトを米国で開発し,日本でパッケージ・ソフトとして販売する。SIPサーバーによる接続サービスは無料で提供する予定だ。

 「IP電話を電話の延長と考えるべきではない。インターネットを使ったコミュニケーションに,音声が初めて加わったととらえるべきだ。SIPにより今後,様々なコミュニケーションを統合したアプリケーションを生み出せる」とこの役員は語る。

 その米国では,いわゆるIP電話会社が雨後のタケノコのように誕生しているのに対して,大手通信事業者の動きは鈍い。それもそのはずで,既存の通信事業者には新規事業のためのキャッシュがないのだ。ワールドコムの不正会計発覚とその後の破綻に象徴されるように,米国の通信事業者はネットバブルにのめり込んだ結果,投資余力を喪失してしまった。

 従って,既存の通信事業者が一斉にIP電話に参入した日本と異なり,米国ではIP電話などのSIP関連ビジネスはベンチャー企業,あるいは最近SIPに入れ込み始めたMicrosoft社などが主導する形となった。最近では,既存の通信事業者もIP電話への投資に動き始めたと聞くが,基本は彼らが提供する“土管”の上に,ベンチャー企業などがIP電話を突破口に様々なSIP関連サービスを提供していくことになろう。

日本のIT,通信産業に大きなチャンス

 極めて粗いスケッチだが,SIPを巡る動向を見てきた。著者は,単なるプロトコルにすぎないSIPにフォーカスしすぎたかもしれない。しかしSIPに焦点を絞ることで,これからインターネット,IPネットワークで起こるであろうことが,ある程度明確にできると思う。

 しかもSIPには,単なるプロトコルと言い切れない面がある。電話のIP化によって,電話はコンピュータ,あるいはIPネットワークのアプリケーションの1つにすぎなくなる。しかし,呼制御という電話の技術,ノウハウがSIPという形で他のアプリケーションにも広がっていく。大げさに言えば,電話の文化とインターネットの文化が混じり合うことである。これにより,ITと通信の完全融合が達成されるわけだ。

 こうした見ると,IT,通信産業には大きなチャンスが巡ってきていることに気付く。ブロードバンドだけでなくIP電話の普及でも世界トップクラスだし,強大な家電産業があり,ユビキタスでも先行している。NTTというキャッシュ・リッチな通信事業者も存在する(これは両刃の剣ではあるが)。様々な協業がスムーズに進み,ベンチャー企業が多数育つ土壌さえ出来上がれば,次世代のインターネットのビジネスで世界を主導できる可能性がある。

IP電話をより大きな視点でとらえよう

 著者が編集に携わる日経ソリューションビジネスは,システム・インテグレータなどITサービス業界を主要ターゲットにする雑誌である。なぜ,そんな雑誌の編集者がこのテーマを追いかけるかというと,こうした動きはITサービス業界にも大きな影響を及ぼすと考えるからだ。

 企業でIP電話の導入の動きが活発化しているため,今まで電話事業に縁のなかったITサービス会社も,IP電話ビジネスに相次いで参入している。しかし,IP電話への取り組みをアサインされた技術者の中には「電話ではこの先,技術者としてのキャリアが築けない」としり込みする人も多いと聞く。

 IP電話を「電話」としてとらえれば,その通りだ。しかし,これまで見てきたような方向感を持ちさえすれば,技術者として豊かな未来が築けると思う。もちろん,ITサービス会社にとってもIP電話ならぬSIPのアプリケーションへの取り組みは,先細りで閉塞感漂うビジネス・モデルから脱却し,新たなビジネス領域を切り開くきっかけともなり得るだろう。

(木村 岳史=日経ソリューションビジネス副編集長)