IP電話のプロトコルSIP(Session Initiation Protocol)がユビキタスのコア技術の1つになる可能性がある――。この前の記者の眼で簡単に触れた,このトピックについて今回は書いてみたい。

 「インターネットは,古くは電子メールのプロトコルSMTP,最近ではWebのHTTPを軸に発展してきた。そして,これからはSIPが軸になる」。これはIP電話関連のベンチャー企業の幹部の言葉だが,同様の認識が今,通信事業者や通信機器/コンピュータ・メーカー,家電メーカーなどの技術者,事業企画担当者の間で急速に広まっている。

 彼らの間で共通するシナリオは,SIPはIP電話機やPCだけでなく,デジタル家電など非PC機器にも組み込まれ,SIPのセッション制御を活用した様々なアプリケーションやネットワーク・サービスが生まれるというものだ。しかも,そんな先の話ではない。

 SIPを使って複数メーカーのデジタル家電を相互接続する実験が始まっているし,インターネットのセキュリティ問題解決の決め手としてSIPを活用しようという動きもある。さらに通信事業者では,SIPを使った新しいネットワーク・サービスの事業化へ向けた検討が進んでいると聞く。その一方で,米国ではSIPで新サービスを起業するベンチャー企業が数多く登場している

SIPがユビキタスのインフラを支える

 このところのIP電話ブームの中で,電話の呼制御プロトコルとして語られることの多いSIPだが,本質的には“通話”のためだけのプロトコルではない(従って冒頭の「IP電話のプロトコル」との表現は厳密には誤り)。SIPはセッションの開始や終了,変更などを制御するだけであり,やり取りされるコンテンツは音声や動画,テキストなど何でもかまわない。作ろうと思えば,SIPベースの電子メールやSIPベースのインスタント・メッセージも可能だ。

 しかも電話がそうであるように,SIPはピア・ツー・ピア(PtoP)を実現する技術の1つでもある。Napster型のファイル交換サービスにも使えるわけだ。さらに,認証技術などと組み合わせることで,電話と同様,ネットワーク側で端末を特定して相互接続させるサービスを比較的容易に提供できる。

 このように,SIPは通信事業者やメーカーにとっても,ベンチャー企業にとっても極めて魅力的な技術である。NTTの関係者も「IP電話以外のネットワーク・サービスでもSIPを使わない選択肢はない」と話す。今後はIPv6,認証などのセキュリティ技術とともに,SIPはインターネットのコア技術として,「いつでも,どこでも」のユビキタス環境を支えることになるはずだ。

 そのSIPによる新たなネットワーク・サービスを模索する企業は,大きく3つのグループに分けることができる。1つ目が,NTTなどの通信事業者。ここには,彼らを顧客とするNECや日立製作所など国産の通信機器メーカーが加わる。2つ目は,デジタル家電製品のネットワーク対応を進める家電メーカーだ。そして3つ目が,インターネット関連企業,特にベンチャー企業。米Microsoftなどもこのグループに入るだろう。

“キャリアの復権”を目指す通信事業者

 通信事業者にとってSIPは,“キャリアの復権”を果たす武器になる。米国とは異なり日本の大手通信事業者は,ソフトバンクなど新興勢力との対抗上,自らIP電話に積極投資する方向に舵を切ってきた。しかし,仮に100%現在の顧客を保持できたとしても,顧客が通信コストを削減できた分,売り上げが縮む。新たな付加価値サービスを作り出さなければ,ジリ貧になる一方だ。

 そして,付加価値サービスの1つとして大きな期待を託すのが,SIPによるネットワーク・サービスだ。デジタル家電のような電話やPC以外の端末を安全・確実にネットワークに接続する環境を提供することで,家電メーカーなどを顧客とするビジネスへの展望が開ける。

 そうした構想を後押しする日立製作所の幹部も「SIPを軸に認証や課金などのサービスを提供していけば,あらゆる端末が相互につながるユビキタス環境を実現するインフラ・サービスとなり得る」と指摘する。

 しかも,IP電話網は“SIPネットワーク”である。通信事業者にとってはIP電話サービスの設備,知識やノウハウが新サービスでも利用できるわけで,極めて効率のよい投資となる。

インターネットに“安全地帯”を確保する

 通信事業者にとってSIPがさらに好都合なのは,セキュリティを切り口にした高付加価値サービスが可能になることだ。現在のインターネットではエンド・ツー・エンド,つまり端末側でセキュリティを確保するのが基本だ。このため,エンドユーザーに大きな負担をかける。SIPネットワークでは,このセキュリティ対策のかなりの部分をネットワーク側で代替する。

 SIPと認証技術などの組み合わせで,ネットワーク側がそれぞれの端末を特定,“本人確認”した上で相互接続させる。まさに電話サービスと同じイメージのサービスである。セキュリティ対策上,端末特定をいかにして行うかは重要な課題の1つだが,SIPの活用はその有望なアプローチなわけだ。

 実際,昨年12月に総務省の音頭で,NTTコミュニケーションズKDDIや日立製作所,NECなどが設立した「安心・安全インターネット推進協議会」でも,SIPの活用が検討課題になる見通しだ。この協議会では,インターネット上に“安全地帯”を作ることを目指す。そのためのコア技術として,SIPの活用が想定されているわけだ。

 ある意味,通信事業者のこうした取り組みは,90年代前半のインテリジェント・ネットワーク(IN)[用語解説] 構想の復活を目指す動きともいえる。INは「網がインテリジェンスを持つ」を合言葉に,様々な付加価値サービスの提供を目指したもので,今日的に言えばASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)的なサービスを通信事業者として提供しようというものだった。

 NTTやAT&Tなど世界の主要通信事業者が,このIN構想を推進し多くの投資をしたが,インターネットの急速な普及で頓挫(とんざ)した。付加価値は端末側が握り,通信サービスは“土管提供業”に転落してしまった。通信事業者にとって,SIPネットワークはIN構想の完全復活とまではいかないものの,土管提供業から抜け出す切り札になる可能性を秘めているのだ。

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 明日は,家電メーカー,そしてインターネット関連企業のSIPへの取り組みを紹介しよう。

(木村 岳史=日経ソリューションビジネス副編集長)