「会計や財務,経営戦略,マーケティングなどのクラスで,最近はシステムの設計や開発に携わるSEの姿をよく目にするようになった」(グロービスの青井博幸 MOT統括ファカルティ)。大学や民間のビジネス・スクールに通い,本格的に経営の知識を身に付けようというITエンジニアが増えている。

 日経ITプロフェッショナル2月号の特集記事「『技術経営』でビジネスを切り拓く」では,ビジネス・スクールに通うITエンジニアたちに会い,なぜ経営を学んでいるのか,また仕事を行う上でどのように役立っているのかを取材した。

 通学を思い立ったきっかけは十人十色。「ユーザー企業の業務の仕組みや経営戦略をより深く理解するため」「ユーザー企業が納得できるソリューションを提案するため」「将来,独立して経営者になりたいから」と様々である。

 あるITエンジニアは「経営の仕組みを学んでいなかったらと思うと,ぞっとする」と語る。「これまで自分が作るシステムがユーザー企業の経営にとってどんな意味を持ち,どのように役に立つのかが分かっていなかった」からだ。

 「経営を学んだ効果は極めて大きかった」と,誰もが口をそろえた。具体的な例を挙げると,「ユーザーから言われたとおりにシステムを設計するだけではなく,業務プロセスを改善する“逆提案”をできるようになった」「ユーザー企業の経営者の関心や要求を理解し,信頼されるようになった」「マーケティングの知識を生かして,インターネット上の新サービスを企画,開発できた」といった成果があったという。

技術から価値を生み出しているか

 読者の中には,「最新技術を身に付けるだけでせいいっぱい。経営を学ぶ余裕などない」「自分は技術力だけで生きていく」「コンサルタントではないから経営の知識は必要ない」と考える人もいるかもしれない。

 しかしITエンジニアが経営を学ぶ必要性は,以前にも増して高まっている。言うまでもなく今日では経営とITの一体化が進み,ユーザー企業におけるITの利用形態がますます高度化,複雑化している。そのような状況で求められるのは,業務の改善,経営の効率化といったシステムの目的を理解し,それに役立つ付加価値の高いシステムを構築できるエンジニアである。

 またITエンジニアには,自社の売り上げと収益の向上に貢献し,さらに自ら新規ビジネスを開拓,創造する姿勢とスキルが求められている。例えば,どんなに高機能なパッケージ・ソフトを開発しても,販売チャネルや価格戦略,プロモーション戦略が貧弱では「商品」として成功しない。今ある技術から様々なビジネスを生み出し,展開させていくためにも,経営について理解を深める努力は必須と言えるだろう。

「MOT」の普及は大きなチャンス

 ITエンジニアが経営を学ぶ手段の1つとして,最近「MOT(Management of Technology」が注目を集めている。MOTとは会計,財務,マーケティングといった経営学の基礎から,技術評価手法,研究開発マネジメント,産業創出論,起業論といった先端的かつ高度な経営理論に至るまでの幅広い領域から成る学問の体系を指す。

 2003年には,早稲田大学や芝浦工業大学の大学院,またグロービスやアイさぽーと,サイコム・インターナショナルといった様々な大学院および民間ビジネス・スクールでMOTカリキュラムが立ち上がり,日本の「MOT元年」とも言われた。また2004年には,さらに約40の大学や民間ビジネスクールがMOTカリキュラムをスタートさせる予定である。

 MOTカリキュラムの狙いは,「技術から価値を生み出し,ビジネスを創造できる人材(MOT人材)」を育成することにある。MOT人材こそ,まさにITエンジニアが目指すべき人材像にほかならない。

 仕事との両立や費用の面から,誰もが大学やビジネス・スクールに通えるわけではないことは確かだ。またMOTカリキュラムの内容も現時点では玉石混交と言わざるを得ない。そもそもいくら知識を身に付けたところで,それを実際に使いこなせなければ意味はない。

 だがMOTの普及が,仕事の領域を広げようと考えるITエンジニアにとって,大きなチャンスであることは間違いないだろう。「経営」はITエンジニアにとって決して縁遠い話ではない。むしろ,高い技術力を宝の持ち腐れにしないためにも経営の知識は欠かせないと思うのだが,いかがだろうか。

(鶴岡 弘之=日経ITプロフェッショナル副編集長)