「ポストERP」。ITサービス業の2004年を展望するキーワードを1つだけ挙げろと言われたら,著者は躊躇(ちゅうちょ)せずに,この言葉を選ぶ。ITサービス業界を支えてきたERP(統合基幹業務システム)需要が,曲がり角にきているからだけではない。新しいIT化の動向や顧客のニーズから乖離(かいり)しつつあるITサービス業の現状を,象徴する言葉だからだ。

 「ERPの大型案件は一巡した。次の有望案件を探しても,3番打者とか4番打者が見当たらない。分かりやすい商材の不足。それが我々に手詰まり感を与える」と住商情報システムの中川惠史社長は率直に話す。同社はERPに強く,高収益で知られた企業だ。同社だけではない。ITサービス業界の多くの企業が,ポストERPの不在に危機感を募らせている。まだ中堅・中小企業向け市場の開拓が残されているとはいえ,需要のピークは越えた。

 このことはERPに限ったことではない。“基幹系システム”と称される企業の間接部門向けのシステム全般に当てはまることだ。「親会社の情報システムをとっても,大半が再開発ベースでITの投資対効果が出にくくなっている。このままでは我々のビジネスは右下がりだ」と,東京電力のシステム子会社,テプコシステムズの幹部は危機感をあらわにする。

ITサービス業の空洞化も現実に

 ITサービス業界はこれまで,企業のオーバーヘッド部門,つまり間接部門のIT化を主なビジネスとしてきた。財務会計,管理会計といった具合に,この部分はどんな業種であっても共通性が高く,ERPなど時流に乗った話をしていればビジネスができた。

 しかし,こうした基幹系システムの構築で,従来の延長線上ではもはや大きな需要は期待できない。ERPの構築はそうした需要の最終型と言ってよい。まして,何の付加価値も,競争力も生み出さないシステムに膨大な投資を行う“お大尽”企業はもはや存在しない。

 ERPまで無駄だとは言わないが,日本の企業,特に大企業はROI(投資対効果)の不明確なシステムに投資しすぎた。それらの投資が水膨れしたITサービス業界を支えてきたわけだが,経営改革のツールや競争力の源泉としては役立たず,不良資産化して経営の足を引っ張っているケースも多い。

 年が変わり,日本経済の本格回復の予想が広がり,ITサービス業界では“2000年問題”で導入したシステムの更新需要や,レガシー・システムのオープン系システムへの移行を図るレガシー・マイグレーション需要に期待する向きもある。しかし,ユーザー企業は従来型のIT投資を徹底的に見直しており,一度締めた財布のひもを簡単に緩めることはあり得ないだろう。

 システム開発の一部を海外に移すオフショア開発も,ますます進展している。金融機関などの提案要請には,オフショア開発によるコスト削減を前提にしているケースも多いと聞く。最近では,ITサービス業界では中国に続くオフショア拠点として,コストがさらに安いベトナムが注目されている。まさにコスト削減の道は果てしなく,米国で今問題になっているITサービス業の空洞化(関連記事)が日本でも現実のものとなろうとしている。

世界で戦わない企業が経営改革を語る不思議

 冒頭で,新しいIT化の動向や顧客のニーズからITサービス業が乖離しつつあると書いた。様々な乖離があるが,中でも深刻なのがグローバル化したニーズに対応できていないことと,急速に立ち上がるユビキタス関連投資に対して手も足も出ないことである。こうしたことに対応できないから,ITサービス業の多くの企業は既存分野にしがみつき,限りない消耗戦を戦わざるを得ないのだ。

 グローバル化というのは,単にオフショア開発を指すわけではない。オフショア開発は海外調達のことにすぎない。そうではなく,グローバル展開する日本企業などに対して,各国で運用のアウトソーシングも含めたプロフェッショナル・サービスを提供するということだ。特に中国では,現地に進出した企業からのニーズは極めて高い。しかし,ITサービス会社のほとんどは「採算に乗らない」としり込みしているのが現状だ。

 製造業では大企業だけでなく,中小企業までもが顧客の要請を受け入れ,中国などで現地生産体制を確立するため,血のにじむような努力をしてきた。一方,ITサービス業は国内のゼネコン型多重下請け構造の中に安住し,顧客の要請に背を向けてきた。世界で戦っている企業を相手に,世界で戦っていない企業が「ITで経営改革を」などと提案するという奇妙なことを続けてきたわけだ。

 実際,ITサービス業に限らず,コンピュータ・メーカーも含め日本のIT産業からは,真の意味でのグローバル企業は誕生していない。トヨタ自動車,ホンダ,ソニーなど独自の世界戦略と強力なブランドを持つグローバル企業が数多く存在するにもかかわらずである。IBMなど米国企業の後追いばかり続けてきた弊害かもしれないが,ITサービスのグローバル展開ではIBMの後追いどころか,足元にも及ばないのが現状だ。

ユビキタスに手も足も出ないITサービス業

 ITサービス業界にとってより深刻なのは,ユビキタス関連の動向に対応できていないことだ。デジタル家電や,普及までまだ少し時間のかかるICタグの動向を持ち出すまでもなく,多くの企業が既にユビキタス関連の投資を積極化させている。

 例えば,無人駐車場の排ガス感知などのセンサー・システム,店舗向けの監視カメラを使ったモニタリング・システムや,大型ディスプレイを使った情報提供システムなどだ。日立製作所のユビキタスプラットフォームグループによれば,ユビキタス関連システムの月商は20億円,協業先の売り上げも含めると100億円規模のビジネスになっているという。

 こうしたシステムはビジネスの現場を支援する,いわゆるフロント系システムだ。以前から構築事例はあったが,従来と違うのはIPネットワークで構築され,基幹系システムとも連携したシステムとして構築されているということだ。しかも,フロント系システムの商談から出発して,基幹系システムの再構築へとつながるケースも出てきている。

 実は,ポストERPの新たな可能性は,従来の基幹系システムの延長線上ではなく,フロント系システムから生まれる。随分前から空港などで利用されてきたICタグに突然脚光が当たったのは,ウォルマートが全面採用すると発表したインパクトの大きさだけでなく,そうした可能性に多くの企業が気付いたからにほかならない。

 ICタグでの在庫管理や顧客の動線管理などが一般化すれば,処理するデータ量は膨大になり,基幹系システムはデータベースの構造から抜本的に変わらざるを得ない。マーケティングのためにマイニングをかけようとしても,現行のサーバー能力では無理。おのずとグリッド・コンピューティングへのニーズも高まる。まさに,ユビキタスは,企業の情報システム全般を大きく変える力を秘めている。

 では,なぜITサービス業がこうした分野に進出できないのか。理由は2つある。1つは,ハード,特に非PC機器の比重が高いことだ。SEはOS,データベース,ネットワーク・アーキテクチャなどを前提に,抽象化された世界でシステムをエンジニアリングしており,いきなり“金物”となると敷居が高いのだ。

 もう1つの理由は,フロント系システムは現場のシステムだけに,個々の顧客の業務に対する深い知識が要求されることだ。どの企業に対しても,ERPなど流行の三文字ワードを使い,時流に乗った提案をしていればよかったITサービス会社にとって,極めて手間のかかるビジネスに見えるわけだ。

構造変化に対応し新たな領域に踏み込め

 とはいえユビキタス分野は,コンピュータ/通信機器メーカーやソフト・メーカー,通信事業者,家電メーカーなどが経営資源のかなりの部分を投入して勝負をかけるフロンティアだ。隣接領域であるにもかかわらず,ひとりITサービス業のみが出遅れている。このままでは,新たな基幹系システムの構築案件でも,ユーザーからお呼びが掛からなくなるということもあり得る。

 ユビキタス分野で唯一例外的に,ITサービス会社が熱心に取り組んでいるのがIP電話分野だ。しかし,これも“安い電話”の提案に終始しているケースがほとんどだ。長くなったので,ここで詳しく述べないが,IP電話がコミュニケーションのユビキタス化を促すものであり,IP電話のプロトコルSIP(Session Initiation Protocol)がユビキタスのコア技術の1つになる可能性がある――そんな方向感で事業に取り組んでいる企業は,ほとんど見当たらない。

 いずれにしろ,ITサービス会社が生き残っていくためには,新しい領域に踏み込んでいかなければならない。ユーザー企業のIT投資の力点は大きく移動した。従来のビジネスの延長では,ERPに代わる“青い鳥”は見つからない。もちろん,ドメスティックで従来型のIT投資がなくなるわけではないから,消耗戦に勝ち残り“残存利益”を狙う戦略もある。しかし,それも,人月主義といった従来型のビジネス・モデルからの脱却が不可欠になるだろう。

(木村 岳史=日経ソリューションビジネス副編集長)

日経ソリューションビジネス誌では,1月15日号でITサービス業の2004年をキーワードで展望する特集を企画した。「商談を獲得するキーワード」と銘打ったため,「ポストERP」よりもブレークダウンした「2007年問題」「IT不良資産」「ベトナム」など10個のキーワードを取り上げた。ただし,その問題意識は,ITサービス業の構造変化にあることは言うまでもない。そちらも,御一読いただければ幸いである。