2003年12月17日の「記者の眼」で日経ソフトウエアの矢崎記者が「最近のコンピュータ書籍は面白い――著者の個性を前面に打ち出す」という一文を書いている。弊社(日経BP社)の「出版局」でコンピュータ関連書籍の編集をしている私にとって,この記者の眼は,なるほどそのとおりだと参考になった。

 「著者の個性を打ち出す」ことには,多くの読者の方も同様の感想を持たれたようだ。そこで,「著者の個性」というテーマで私なりに話を続けたい。今日,皆さんにおすすめしたいのは,「著者に会ってみる」ことだ。書籍の編集者でもなければ著者に会うのは難しい,と思われるかもしれない。しかし,講演会やセミナーなどでお目当ての著者に会うチャンスが巡ってくることは結構ある。

 私自身も仕事柄,本を執筆された著者に「どんな著者だろう」と思いをはせることが多い。そんななかで,昨年は本を読んでどうしても会ってみたい著者がいた。一人は『オブジェクト脳のつくり方』(翔泳社 刊)の牛尾剛氏,もう一人は『熊とワルツを』(日経BP社 刊)のトム・デマルコ氏である。

「オブ脳」は英会話本から生まれた!?

オブジェクト脳のつくり方 『オブジェクト脳のつくり方』というタイトルだけを見た方は,帯(写真参照)に書かれた「オブ脳」という言葉といい,あやしい感じがするかもしれない。だが,内容はオブジェクト指向への拒絶反応をとりのぞく本で,しかも理解しやすい。

 第1章で学習方法を説明し,第2章でオブジェクト指向の基本知識として,オブジェクト,クラス,カプセル化,継承,ポリモーフィズムの5つを挙げる。感心するのが,ポリモーフィズムの例えである。社長が“ついたて”の向こう側にいる社員に「起立」の命令をする,というものである。ポリモーフィズムの概念を理解されている方であれば,「なるほどツボをおさえているな」と感じていただけるかもしれない。この例え話に続けて,実際にプログラミングをしながら体得していくという流れである。

 「オブ脳」というセンスといい,オブジェクト指向の中で最も難解と言われるポリモーフィズムからオブジェクト指向プログラミングを始めてしまう大胆さといい,どんな著者だろうと思って本の後ろにページをめくると,そんな読み手の気持ちを察してか,著者の近影がカバーの折り返しに載っている。細身のスーツに身を包み,ひざ上からのかなり大きな写真である。年齢は書かれていないが若い方だ。興味がわいてくる。

 おりしもオブジェクト倶楽部のクリスマスの集いのご案内をいただき,そこで牛尾氏が講演することを知っていさんで出かけた。

 失礼ながら,ちょっとクセのある人物を想像していたが,違った。まじめな好人物である。本を読んでいるときには,ここまで削ぎ落とした説明でオブジェクト指向を体得できるのだろうかと思った。だがそれは,「とりあえず分からないままでも実践して,もう一度勉強すると分かる」という独自の体得方法によるものだという。

 そして例題もマーチン・ファウラーの『リファクタリング』などからとっていることなど,軽妙な説明のなかに,「教える」という視点から熟慮を重ねられていたのが分かる。もちろん,本のなかでも同様に語られているのだが,全体の流れのなかであまり意識せずに読み流している部分もある。そうした部分が,話を聴くなかで,浮き立ってくる。

 もう一つおもしろい発見があった。講演のあとの懇親会で直接,話をしたときのことである。「実は,『英語は絶対,勉強するな』を読んで,あぁ,これだ! と思ったんですよね」

 『英語は絶対,勉強するな』(サンマーク出版 刊)は,タイトルこそこれまたあやしい感じはするが,内容はとても堅実で,「英語は体で覚えるものである」という考えのもとに,体で覚えていく勉強方法を解説して大ベストセラーになった本である。なるほど,思わぬところにインスピレーションがあったものである。こんな話が聴けるのも講演会に出かけ著者と会ってこそといえる。

他人事ではないプロジェクト管理本

 そしてもう一人会いたいのが,『ピープルウエア』の著者トム・デマルコ氏である。デマルコ氏は親友ティモシー・リスター氏との16年ぶりの共著で『熊とワルツを』(日経BP社 刊)を著した。『ピープルウエア』はプロジェクトにおける開発者の人格の大切さを説き,ソフトウエア開発の現場で多くのエンジニアの共感を呼んだ本である。

熊とワルツを 『熊とワルツを』もタイトルに驚かされた。といっても邦題ではない。原題そのものが,”Waltzing with Bears”という。発行前の仮題は”Risk Management”であり,出版されたときは「何で熊なんだ?」と,それこそ読者の方と同じ疑問をもった。邦題はむしろ,原題と同様に“リスクを承知で”つけたタイトルである。

 自社で出版した本をここで紹介するのにはわけがある。一つは身につまされる本だったことだ。もっと言えば,耳が痛くなる話ばかりだった。本書はソフトウエア開発プロジェクトにおけるリスク管理に焦点をあてた本である。リスクのないプロジェクトはやる価値がない。そして問題の起こらないプロジェクトもない。問題が表面化したときにもプロジェクトを予定通り実現するために何をするべきか。理論と体験と,そしてシミュレーションを用いて明快に解説している。

 プロジェクト管理というとプロジェクトマネージャ向けの話のようであるが,「約束の期日に約束したことを仕上げる」という意味では,すべての人にかかわる話である。書籍の編集者にとってもそうだ。どうして出版の直前になって発行日が遅れるのか・・・。一年前から準備していて,2カ月前に正式な発行を決めたはずではないのか。部長や販売担当者の声が聞こえるようである。他人事ではない。

 『ピープルウエア』のときは,経営者に読ませたいと思った。『デッドライン』は上に立つ者の心得を知った。『ゆとりの法則』では共感を覚え,『熊とワルツを』では自分が甘かったことを痛感した。

 そのデマルコ氏がまもなく来日する。1月末にソフトウエアテスト技術者交流会が主催する「ソフトウェアテストシンポジウム」で講演するためだ。来日は10年ぶりである。デマルコ氏と旧知の間柄で,『ピープルウエア』を日本で初めて紹介した松原友夫氏は,デマルコ&リスター両氏のセミナーはまさに「漫才」という。今回は,デマルコ氏ひとりの講演であるが,どんな話が聴けるのか。どんな発見があるのか。もちろん初めてお会いする。皆さんも,ご都合がつけば足を運ばれてはいかがだろうか。

(高畠 知子=出版局編集第一部)