「回答者の平均年収は564万円。年収への満足度で“不満”21.0%,“やや不満”32.5%。残業時間は月平均45時間」・・・

 「ソフト技術者の給与は仕事の内容と比べて低い。残業しないと生活できない」(ソフト会社のSE,31歳)。「納期優先でシステム開発するため,夜勤,深夜残業,休日出勤が当たり前」(商業・流通業のSE,31歳)。「時間外労働は自己申告制だが,月20時間しか枠が与えられていない。実態は100時間を超えている」(化学・製薬会社のSE,28歳)。「一般の管理職は,残業している部下は能率が悪いのか,仕事が難しいのか,残業しない部下は能率がいいのか,さぼっているのか,正当な評価ができない」(金融・保険・証券業のSE,33歳)・・・

 「相も変わらず」。日経コンピュータに先ごろ掲載した「ITプロフェッショナルの給与・労働実態調査」を振り返っての,記者の印象である。

 同調査は,当IT Proサイトの協力を得て,2003年11月10日から11月28日にかけて実施した。詳細はぜひ日経コンピュータ2003年12月29日号(新春特大号)でご覧いただきたいが,その結果のポイントを紹介しておこう。

(なお,日経コンピュータ購読者の方には,こちらの読者限定ページで,本誌に掲載していない分析データを提供しているので,合わせてご覧いただきたい)

図1(画像をクリックして拡大表示)
表1,2(画像をクリックして拡大表示)
 今回目立ったのは,「収入が減る」傾向が顕著だったことだ。「前年より年収が減った」とする回答者が,前回調査では約20%だったが,今回調査では2002年実績,2003年見込みともに25%を超えた(図1[拡大表示])。

 年収の絶対額でみると,前回調査での平均年収644万円に対して,今回調査では578万円と大きくダウンした(表1[拡大表示])。回答者の平均年齢が1.4歳下がったため平均年収が25万円程度ダウンする効果があったと想定されるが,それを差し引いても「年収ダウン」の傾向は顕著である。

 職種別(表2[拡大表示])や業種別でみても,全職種・業種で平均年収が前回調査を下回った。年収の満足(不満)度は“不満”“やや不満”を合わせて62.8%と,前回調査より約5ポイント増えた。

 そして,月間労働時間が200時間以上という回答者が52.0%,月間残業時間が40時間を上回る回答者が45.9%を占めた。

二十年一日の感

 ここまで読んで,あれっと思われたことだろう。実は,最初の段落でご紹介した“平均年収564万円”などのデータや回答者の意見は,今回の調査のものではない。約20年前の,日経コンピュータ1985年7月22日号(創刊100号記念特集)「第1回EDP人・情報処理関係者給与実態調査」に掲載されたものである。たいへん紛らわしい書き方をしたことをおわびしたい。だが,記者が「相も変わらず」と嘆息してしまった理由は,おわかりいただけるはずだ。

(いささか脱線するが,「EDP」とはElectric Data Processingの略である。現在の情報システム部門は,20年前はEDP部門と呼ばれていた。日経コンピュータにも「われらEDP人」という人物紹介の連載があった)

 日経コンピュータではこの85年7月22日号のあと,87年7月6日号,89年7月17日号,92年8月24日号と,2~3年ごとに「給与(労働)実態調査」を掲載した。この4回はいずれも日経コンピュータの読者への郵送アンケート調査だった。記者自身,87年の第2回と92年の第4回の記事を執筆した。万の単位のアンケート票を送付して,5000通前後の回答票と格闘するという,記憶に残る企画であった。当時を振り返ると,この企画を「毎年やらない」最大の理由は,この「非常に疲れる」ことと,「前年の結果とあまり変化がないので,記事に書くネタが乏しい」ことだったように思う。

(その後日経コンピュータの「給与(労働)実態調査」は6年の空白期間のあと,インターネットを利用する現在の調査方式に変わった。98年10月26日号(創刊17周年記念特集)「SEの労働と意識実態調査」が復活の初回で,2001年8月27日号の前々回調査,2002年9月9日号の前回調査という歴史を辿っている)

年収は時代の波で浮き沈み

 それでも,平均年収は564万円(85年調査)→581万円(87年調査)→615万円(89年調査)→738万円(92年調査)と,見事に右肩上がりだった。月間残業時間も45時間→50.2時間→47.9時間と最初の3回は過酷の度を増したが,92年調査では35.5時間へとやや緩和されていた。第4回調査の記事のタイトルは「時短進み,年収大幅アップ」であった。ITが前途洋々,右肩上がりの時代であった。

(最初の3回の回答者の平均年齢はほぼ36歳,第4回は平均年齢が38.5歳に急に上がった。とはいえ,同じ30歳の回答者の平均年収同士で比較すると,89年と92年の調査結果には80万円近くの差があった。35歳の回答者同士でもほぼ同じ差である)

 ITバブルがはじける直前の98年調査では,平均年収は543万円に急落。2001年調査で639万円,2002年調査で644万円と持ち直したが,今回また578万円と“振り出し”に戻った。

(なお98年調査の記事では,それ以前の調査より小規模企業に属する回答者や,最終学歴が低い回答者の比率が大きく高まったことから,「平均年収は92年調査とほぼ同水準か微増」と書いている)

 その平均年収を,564万円の85年調査と578万円の2003年調査(表1[拡大表示])で,世代別に比較してみると,約20年間での大きな変化が見えてくる。

 35歳未満までの世代では,2003年調査での平均年収が70万円ほど上回る。だが40~44歳の層で,85年調査と2003年調査の結果が710万円台で並ぶ。それ以上の世代では,85年調査での平均年収の方が約50万円高い。つまり,年功序列の年収カーブが約20年で「若年層では引き上げられたかわりに,40代半ばより上の世代で削られた」格好である。

 ちなみに「SE」という職種に限って比較すると,85年調査の同世代の平均年収とほぼ並ぶのが一つ手前の35~39歳の層で,40~44歳の層では85年調査の平均年収を70万円下回り,45~49歳の層は135万円も下回る。年功序列のカーブが,40代初めから削られているのだ。

 業種別の浮沈も目立つ。85年調査の記事では「金融・保険・証券のシステム部門が平均年収735万円。対してソフトウエア・ハウスは同493万円で,約1.5倍の格差がある」と,業種間の年収格差を大きく取り上げていた。これが今回の2003年調査では「金融」が平均年収604万円へと大きく下落。「ソフト会社」が業種分類中最下位(同513万円)なのは20年前と変わらないが,平均年収トップの業種は「コンサルティング会社」657万円となった(85年調査には「コンサルティング会社」という業種分類がなかった)。

悩み,怒りの原因は変わらず

 平均年収をみると,約20年間でこのような浮き沈みがある。だが記者が「20年経っても相も変わらず」と感じるのは,冒頭でも紹介した,自由意見欄に吐露される回答者の心情からだ。

 今回の調査の自由意見については,日経コンピュータ2003年12月29日号に掲載したほか,1カ月ほど前の「記者の眼(ITプロフェッショナルの過酷な労働実態)」でもその一部を紹介している。それぞれが切なるコメントだが,要は「“年収”として示される自分への評価が,自分の期待するものより低い」という不満である。

 そして,その原因は「残業時間が長く,しかも残業手当が正しく支払われない」というものか,「能力や業績を評価して報いる制度はあるが,肝心の評価者が正しい評価をしてくれない」というものに集約される。

 まったくもって,冒頭で紹介した約20年前の回答者のコメントと同じではないか。

 20年前の記事も「情報システムが企業の成長を左右する」とし,ITプロフェッショナルの仕事を「高度情報化社会を支える知識・頭脳労働」ともてはやしながら,「実態は体力勝負の労働集約型の仕事」と看破していた。85年調査でも約8割の回答者は,能率・能力が報酬に反映される(完全年功序列ではない)報酬体系である,としていた。20年前から問題点は明らかであり,形の上ではその解決策も用意されていた。

 それでも,ITプロフェッショナルの給与と労働条件に対する悩みや怒りの原因は「相も変わらず」である。

 この20年で,パソコンが一気に普及し,オープン・システムが主流となり,ソフト開発プロジェクトの期間は年単位ではなく月単位が常識となり,パッケージ・ソフトやアウトソーシングの利用が拡大した。ITプロフェッショナルの転職も20年前ほどは珍しくなくなった。IT業界の構造や環境をマクロにみれば,激変したと言える。

 それでもまだ,ソフト開発やサービスは「何人が何カ月働いたか」で単価を積み上げる方式が揺らがない。提供するベンダー,受けるユーザーの双方が最も納得できる“透明性の高い”方式として,支持しているからだ。そして,ベンダーが見積もり額の中から利益を残そうとすれば,より単価の低い下請け・外注へと仕事は落とされていく・・・。

 結局この“対価の大原則”が揺らがないために,「落ちてくる仕事をしっかりこなす」ことに徹するプロであろうとしているITプロフェッショナルは,“正しくない”評価に耐え続けるしかないのだろう。人月単価は今後下がることはあっても,上がることは望めまい。そしてITプロフェッショナル個人としては年齢を重ねるほどに,「同じ職種で過去にその年齢層だった先輩」よりも低い報酬しか得られないことが,当然となっていく。

 今回の調査で満足度を聞いた設問のうち,「プロジェクト・マネジャ」職種の回答者の「自分の成果や能力に対する評価の満足度」だけが,“満足+ほぼ満足”が“不満+やや不満”を上回った。“仕事をこなすプロ”として悩みや怒りに耐え続けるか,プロジェクト・マネジャのように“仕事を作る”領域に抜け出すか。業界構造や環境が激変した20年でも解決しなかった悩みは,ITプロフェッショナル個人が自己改革することで脱するしかないのだろう。

(千田 淳=日経コンピュータ兼技術情報戦略室)