さまざまなモノに固有のIDを付与し,効率的な管理を可能にする無線ICタグ(RFIDタグ)。それが一般に普及するには,克服しなければならない課題がある。消費者のプライバシを保護することである。

 普段持ち歩くカバンにICタグが付いているとしよう。そのIDは商品に固有のものなので,さまざまな場所で読み取られると,人の動きまでトレースされることになる。カバンの中身を他人に盗み見られる危険性もある。書籍に付いているICタグからISBN(International Standard Book Number)番号を読み取られると,自分がどんな本を読んでいるかを誰かに知られてしまうかもしれない。

 こうした不安を取り除くため,さまざまな解決策が考案されている。例えば,無線ICタグの国際的な標準化団体であるEPCglobal(旧Auto-ID Center)は,無線ICタグの機能を無効にするコマンドを規定している。店舗で店員が商品を手渡す前に,タグを無効化するのである。残念ながら,これだけでは不十分である。店員が無効化の操作でミスしたり,操作を忘れたりする可能性があるからだ。

 ほかにも色々な対策が考えられている。しかし,どれも決定的な解ではない。そうした背景から欧米では,無線ICタグを商品に付けようとしたメーカーに対して,不買運動まで起こる騒ぎになっている。

 多くの人が納得できる簡単な解決策はないか。筆者は単純に,タグを物理的に取り外してから消費者に渡すのが一番と考えるようになった。タグを取り外すと,タグの導入メリットは小さくなる。しかし何よりも,消費者に受け入れられることを考えなければならない。

アパレル業界は精算時にタグを取り外して再利用

 2004年1月下旬に実証実験を開始するアパレル業界が実際にこの方法を採っている。無線ICタグは,紙の値札と同じような形状に加工して,値札と一緒にぶら下げる。商品を販売する際には,店員が無線ICタグを取り外す。取り外すのを忘れても通常は問題にならない。消費者自身が値札と一緒にあとから外すためだ。店員が取り外した無線ICタグは回収して,再利用する。このため,システム全体のランニング・コストを下げられるメリットもある。

 販売時に無線ICタグを商品から取り外すと,無線ICタグの導入メリットは確かに小さくなる。企業にとっては,例えば消費者から返品された商品を個別に管理できなくなる。書籍業界の場合だと,万引き対策としてタグを活用しようとしているが,それも難しくなる。その仕組みは,販売した書籍のIDを精算時に記録しておき,万引きされた書籍が古書店に持ち込まれたときにチェックするというもの。タグを書籍から外してしまうと,この仕組みは実現できない。

 無線ICタグは,うまく活用すれば,企業と個人の両方にさまざまなメリットをもたらすと筆者は思っている。書籍にICタグが付いたままになっていて,リーダー付きの書棚が勝手に私の蔵書録を作ってくれれば便利だとも思う。しかし,それでプライバシの問題が発生するのなら,このメリットはあきらめても構わないと感じている。

 無線ICタグを商品から取り外しても,企業にはちゃんとメリットがある。きめ細かい物流管理ができたり,検品処理を省力化できたりする。無線ICタグが描く未来は多彩である。しかし,その理想を追い求めるがあまり,たとえ限られた場面であっても十分なプライバシ対策を施さずに実用化されるなら,ユーザーは無線ICタグを使う前から「無線ICタグはプライバシ面で問題がある」という不信感を抱いてしまうことになりかねない。

 筆者は,まずは安心して使える限定的な場面/用途でスタートさせ,徐々にその適用場面を広げていく手法を選ぶべきと考える。タグを付けたままの運用は,プライバシ問題に対する効果的な解決策が出てきてから始めればいい。そこで得られるメリットは,あくまでボーナスと考えるのである。

 こうした無線ICタグの普及策について,なぜ筆者は思いを巡らせたのか。理由は簡単で,ここ数カ月,無線ICタグのことばかり追いかけていたからである。以下では少し宣伝させていただきたい。日経BP社は2003年12月,無線ICタグの専門サイト「RFIDテクノロジ」を立ち上げた。無線ICタグの実用化に関する情報をお届けしている。アパレル業界の実証実験の詳細や,書籍に無線ICタグを付けた実験結果について興味があれば,サイトにアクセスしてほしい。

(安東 一真=日経バイト編集委員)