1年ぶりにMacの祭典,Macworld Conference & EXPO (サンフランシスコ)に参加した。本来コンピュータに無縁の人たちでも戸惑いなく使えるパソコンを目指してMacintoshが誕生して以来,今年でちょうど20年が経つ。当時のMac開発チームを率いたSteve Jobsは「For the rest of us」,取り残された人たちのための(コンピュータ)というキャッチフレーズを掲げて,Macintoshを世に送り出した。記念すべき20年目に,果たしてMacはどこに向かい,Appleは何を考え先に進もうとしているのか確認しておきたかったからだ。

パソコンで豊かなデジタル・ライフを演出

Steve Jobs氏 EXPO初日となる1月6日,午前9時からはSteve Jobs CEO(最高経営責任者)の基調講演が開かれた。毎年,この基調講演が新製品の発表場所であるとともに,Appleのビジョンを示す場所ともなる。今年の基調講演は例年にも増して楽しげな雰囲気の漂うものとなった。

 新製品の中には64ビットCPUであるG5を2つ積んだXserve G5(関連記事)や3.5TB(テラ・バイト)の膨大なストレージ容量,ギガ・バイト当りのコストが業界最低価格帯に入る約370円を実現したXserve RAIDなども含まれていたが,Steve自身,あるいは聴衆が最も盛り上がったのは,デジタル・ライフを豊かに演出するiLifeの新版「iLife '04」が紹介されたあたりだった。

 iLifeとは,デジタル・カメラで撮影した写真,CDライブラリやオンライン音楽ストア「iTunes Music Store」で購入した楽曲(現在のところ米国のみのサービスだが),デジタル・ビデオで撮影したムービーなどを統合的に管理し編集し,最終的には自分なりのDVDが焼ける一連のソフト群のことだ。

 他のパソコン・プラットフォームにも同様のことを行うソフトはたくさんあるが,それぞれがシームレスに連携し,ごく自然に素材を組みあせて編集できるところが大きな違いだ。操作の簡単さも定評のあるところで,これまで一度もデジタル・ビデオ編集などやったことがない人でも,ほとんど戸惑わずに作業できるのも大きなアドバンテージである。
 
 それら一連のソフト,iTunes,iPhoto,iMovie,iDVDにそれぞれ改良が施されたことに加えて,パーソナルなデジタル・レコーディング・スタジオとでも言うべき「GarageBand」がラインナップに加えられ,iLife '04はますます「普通の人のリッチ・メディア創作環境」に発展した。
 
 基調講演の中では,特に楽器ができるわけでもない人でも素晴らしくノリの良い音楽が作れることを自演して見せてくれた。これだけ充実した音楽演奏,編集,創作ツールが,他の4つのこれまた至れり尽くせりのソフトと合わせて5800円で手に入るのは大盤振る舞いと言っていいだろう。今後新しく購入するMacにはなんと,無料でこれが添付される。基調講演の中でSteve Jobsは「同等の製品をWindowsプラットフォームで探すなら,総計306ドルになる」とその優位性をアピールした。
 
 これまでにもMac向けにUSB接続のMIDI音源やキーボード,音楽編集ソフトなどが売られているが,これらベンダーにとっては大きな痛手だ。サードパーティを大事にし,育成していく責任もあるAppleがこの掟(おきて)を踏みにじった形でもある。しかし,Appleはシームレスにつながるデジタル・ハブというものがどんなものかを示すには,自ら体系的な開発を進めなければならない,と考えたと見られる。
 
テレビ・パソコンなどとは異なる方向性

 最近のパソコンの流れはテレビ・キャプチャ・ボード付きの「テレビ・パソコン」やWindows XP Media Center Edition 2004が目指している「テレビとの融合」だ。パソコンの性能が高まったことで,ビデオ映像をデジタルで楽々と扱えるようになった。

 その結果,進んでいった先がWindowsの世界ではテレビ番組の視聴となったが,Appleはその方向には一歩も進んで行かなかった。Steve Jobsの持論,「テレビを見ている人の脳はスイッチが切れている状態だ」との認識がAppleの進む方向をそうさせているのだ。
 
 デジタル・ライフ・スタイルを豊かにおくるのなら,創造力の羽をつけてあげたい,というのがAppleの考え方だ。今年のSteve Jobsの基調講演を聴き,ますますその方向性がはっきりしてきた。
 
 米国時間1月7日には,ラスベガスで開かれるCES(Consumer Electronics Show)でMicrosoftのBill Gates会長が会期開幕前夜の講演を行う。果たしてどんな対比を見せてくれるのか,楽しみだ。

(林 伸夫=編集委員室 主任編集委員)