日本IBMが11月18日,富士通が12月3日に,それぞれ「オンデマンド」という名のユーティリティ・コンピューティングを発表した(関連記事1関連記事2)。これは,企業がITインフラや業務アプリケーションを所有せず,データ・センターにある資源を共有しながら使った分だけ支払う,電気や電話のような従量制課金による次世代ITの使い方。ビットやバイトがワットのような単位で扱われる時代の到来だ。

 オンデマンド・コンピューティングはメインフレーム,インターネットに次ぐ第三のコンピューティング革命とも言われ,歴史上,最も影響力を及ぼすものになると見る向きもある。日本で1位と2位のITサービス企業が揃ってオンデマンド・コンピューティングを開始したことで,同市場が急展開を見せるかもしれない。

 2004年は,メインフレームが誕生してから40周年にあたる。米IBMが企業生命を賭けたシステム360シリーズ(S/360)の発表は1964年4月7日。63年のIBMの売上高は25億ドルに過ぎず,S/360の開発にはその2倍に当たる50億ドルが投じられた。「S/360ギャンブル」に失敗したら,おそらく今日のIBMはなかっただろう。

 そのS/360発表の翌月,64年5月に発刊されたThe Atlantic Monthly誌の論文「The Computer of Tomorrows」の中で,コンピュータ・サイエンティストのマーティン・グリーンバーガー教授は次のように記していた。「西暦2000年には“情報ユーティリティ業者”が商業的に提供するオンラインの双方向コンピュータ・サービスが,今日の電話サービスと同じくらい一般的なものとなっているだろう」。まだ「一般的」というわけではないが,IT利用は同教授の予測に沿って動き出している。

ユーザー企業はIT(システム)を“所有”しなくてよい

 日本IBMが発表したユーティリティ・コンピューティングは「ユニバーサル・マネジメント・インフラストラクチャ(UMI)」と呼ぶ。これは「e-business on-demand」という,IBMがS/360に匹敵する100億ドルを投じるプロジェクト,オンデマンド体系の一部となるサービスだ。IBMはオンデマンドの定着に2003年だけでマーケティングに8億ドル費やしている。一方,富士通のオンデマンド・サービスは「オンデマンドアウトソーシングサービス」という。

 2社のサービスが目指すのは,複雑で企業にとって迷宮状態にある,サーバーやソフト,ストレージ,ネットワークを仮想化し,見えない“黒箱”にすることだ。その代わりに,ITは家電製品をコンセントに差し込むのと同じくらい将来,処理能力を気にせず簡便に使うことができるようになるだろう。両者は,このオンデマンドの波が津波のように従来のIT利用を一掃してしまうことを,恐れもし,また期待してもいる。

 これまでITを導入する企業は,次世代のIT革新技術を,企業内に買い取って設置・稼働してきた古いITと交換することで入手してきた。これに対しオンデマンドのユーザーは,ITをリプレースする必要はない。徐々にテクノロジやサービスをニーズに応じて付加することで自社のコンピューティング・システムをより自動化できる。そのため,コストや複雑さに悪戦苦闘することなくIT資源の利用が可能だ。それがオンデマンドの売りである。

課題と期待を整理する

 オンデマンドは何をどう改善するのか。オンデマンド・コンピューティングが解決しようとしている今日のコンピューティングが抱える課題に目を向けてみよう。N1という名で,オンデマンド型のIT利用を可能にするシステム管理の自動化技術を開発・提供しているサン・マイクロシステムズ日本法人の幹部によれば,ITへの先行投資と,その見返りとも言うべき経済的なリターンに大きな隔たりが存在する。「その問題への対処が業界とユーザーの共通の課題だ」(サンの幹部)。

 高価なIT資源を活かせるかどうかは利用者次第だが,ある問題を解決するために投じたITコストが,その目的に対して収益や生産性を向上させたか否かを測定するのは難しい。この投資と収益の乖離(かいり)が,ITの効率性と管理にかかわる様々な問題を引き起こしている。「結果として,ITが十分に活用されていないとか,ビジネス環境の変化にシステムが対応できないという状況が生まれる。また,IT化がどの事業に最大の価値をもたらしているのかを把握するのは困難だ」(同)。

 オンデマンド型に移行すれば,「その課題への対処がしやすくなる。多くの要素が可視化できるからだ」(同)。サンの幹部によれば,オンデマンド・コンピューティング技術は,(1)処理の負荷に応じてIT資源利用の増減を動的に測定することができる,(2)ITコストは先行投資型から速効型の投資へ,つまりサービス利用に応じた支払いへと変わる,そして何よりも(3)オンデマンド・サービスの利用に対する請求書や報告書を作成するために,緻密なモニタリングを行う結果,ITの活用状況や,サポート対象のビジネスとITの関係などが,現在より詳細な情報として入手できる。

 富士通の石田一雄アウトソーシング事業本部長は,オンデマンドアウトソーシングサービスは「顧客から背中を強く押されたため」と,ユーザー企業のニーズに基づくと話す。1年半かけて50社をモニタリングしながらオンデマンド・サービスを熟成させてきた。「熟達するに従い,本来下がるべきERPパッケージ(統合業務パッケージ)運用のアウトソーシング料金が下がらないのは納得できず,サービス利用分だけ払うオンデマンド型を強く要求した」と,オンデマンド・ユーザーの第一製薬は話す。

普及するか否かは企業ユーザーのマインド次第

 米IBMのアーキテクト,アービング・ラダウスキー・バーガー氏は「IT業界はポスト・テクノロジ時代に入ったと言う。テクノロジが重要ではない,ということではなく,同氏は「プロセッサやストレージ,ソフトの着実な進歩により,処理能力やギガバイトといった難解な用語を持つテクノロジ自体よりむしろ,企業がそれを使って何ができるのかに焦点が絞られている」と話す。

 その結果,IT界の重心が,ITサプライヤから離れて企業ユーザーへと移行しつつある。この力学の転換は,多くのITサプライヤ企業の価格と利益に対する低減圧力の増大に結びつき,企業ユーザーには有利な取引条件の獲得を促す一方,IT業界の成長を疑わない投資家にとっては微妙な時期に入ったことを意味する。

 一部のITサプライヤが,太陽だ,月だ,星だときらびやかなIT利用でもたらされる将来を企業ユーザーに約束し,あのITバブルが沸き上がった。しかし,実際には隕石が降り注いだだけだった。企業ユーザーのその失望の先に,新しいコンピューティング利用の形として必要なときに,必要なだけ,料金は使った分だけという“利用者本意”のオンデマンド・コンピューティングが出現してきた。

 しかし,日本IBMの小林正一アウトソーシング事業部長が「オンデマンド・コンピューティングの最大の障壁は企業ユーザーのマインドにある」と言うように,企業ユーザーがITインフラの所有から共同利用に切り換える“構造改革”が必要だ。多くの企業は通信インフラのほぼ100%を電話会社に依存している。だが,通話が他人に漏れる心配をしている者はいない。

(北川 賢一=日経ソリューションビジネス主席編集委員)