地上デジタル放送が関東・中京・近畿の三大広域圏の一部で2003年12月1日から始まった。同放送では,HDTV(ハイビジョン)放送やデータ放送,多チャンネル放送や双方向サービスなどが可能になる。

 なかでも開始当初の最大の売り物になっているのが,HDTV放送だ。現在家電メーカー各社は,プラズマテレビや液晶テレビなどハイビジョン対応の薄型テレビ受像機の販売に力を入れている。このような数十万円の薄型テレビであれば,購入者のほとんどが地上デジタル放送受信機能の搭載を望むとみている。地上デジタル放送の普及は,こうしたユーザーから順次進むと考えられている。

解決策が見えないテレビ・パソコンへのHDTV番組録画

 しかし,ここ数年でほかの小型テレビ受像機などで地上デジタル放送対応が進むかについては,製品価格が高くなることもあり,かなり雲行きが怪しい。さらにテレビ番組の視聴・録画を可能にして急速に販売台数を伸ばした「テレビ・パソコン」の場合は,より大きな難題を抱えている。

 現段階で「パソコンで地上デジタル放送を視聴できるようになるのか」と問われれば,答えは「イエス」である。しかし,「地上デジタル放送のHDTV番組をデジタル方式のまま録画可能になるのか」と問われれば,「分からない」というのが実情のようだ。これは多くのパソコン業界関係者が指摘する課題である。

 あるパソコン業界関係者は,「パソコンで地上デジタル放送を再生するだけなら,すぐにでも対応が可能だ。しかし,地上デジタル放送の番組を録画できるようにするための解決策がみえない」という。

 放送関連の標準化を手がけるARIB(電波産業会)は地上デジタル放送において,「暗号化していないデジタル・データは,パソコンなどの汎用バス上に流してはいけない」「ハード・ディスクに録画する際には『ローカル暗号』をかけて,ハード・ディスクをほかの機器に移し変えても再生できないようにする」といった厳しいコンテンツ保護規定を定めた。

 ハードメーカーはこれを守る必要がある。HDD(ハード・ディスク駆動装置)内蔵DVDレコーダーなどの専用機もこの規定に準拠することになるが,こうした厳しい規定を汎用性が売り物のパソコンでどうクリアできるのかはまだ明確になっていないようだ。

HDTV化で必要になる業界横断の環境整備

 根本の問題は,不正コピーの防止である。デジタル放送のHDTVの番組をデジタル方式のまま録画できれば,放送局が持つマスター・ソースと遜色ない高品質のコンテンツがユーザーの手元に残ることになる。放送業界には,「パソコンとインターネットを使って,音楽CDのようにテレビ番組を自由に交換されてはたまらない」という危機感がある。

 不正コピー防止策をとらずにこうした事態になれば,自社制作の番組をDVDにして販売するにも障害になる。また,権利保護に敏感な米ハリウッドの映画などを放送できない可能性がある。こうしたことから地上デジタル放送では,厳しいコンテンツ保護規定を設けて,「1世代のみコピー可」(コピーワンス)といったコピー制御機能も導入することになったわけだ(2004年4月から導入予定)。

 とはいえ,現行の地上アナログ放送では,パソコンにテレビ番組を蓄積しておいて好きな時に見るといった視聴環境を,ユーザーが手にしている。その地上アナログ放送は2011年7月に終了し,デジタル放送に完全に移行する計画である。

 少なくともそれまでには,こうしたユーザーにも「アナログ放送時代より不便になった」と感じさせない視聴環境を整備すべきだろう。放送事業者やコンテンツ・ホルダー,パソコン・ベンダーなどが協力して,早期に解決策を見いだすことが求められる。そうしなければ,放送をデジタル化する意義も薄れる。

(渡辺 博則=日経ニューメディア副編集長)