「日経BP社さんからは,同じテーマの取材をいろんな雑誌から受けるんですよねぇ」。

 IT系の雑誌を数多く出版している弊社の記者は,取材先からこんな指摘を受けた経験がたいていある。もちろん,コンセプトや切り口は雑誌ごとに異なるのだが,会社が同じだけに,どうしても冒頭のような印象を与えてしまうようだ。このようなときは企画の意図を丁寧に説明し,最終的には取材を快諾していただいている。

 しかし今回ほど,このような指摘をたくさん受けたことはなかった。何のことかと言えば,日経ITプロフェッショナル日経コンピュータが最新号で取り上げた「UML」[用語解説]の特集記事のことである。日経ITプロフェッショナルの特集タイトルは「UMLエキスパートへの道」。「システム開発に適用し,使いこなす」という観点から,「UMLの今」を探ったものだ。

ITエンジニアにとってUMLの理解は必須

 両誌が同じテーマの企画を同時に掲載したのは,全くの偶然である。しかし,意図した結果ではないにせよ,両誌がこの時期に特集のテーマとしてUMLを選んだのは,ある意味で必然だったのかもしれない。というのも,今やシステム開発に携わるITエンジニアにとって,UMLを理解し活用することは必須だからである。

 その理由はいくつか挙げられる。例えば,J2EEをはじめとするオブジェクト指向技術を使ったシステム開発の急速な広がりである。「オブジェクト指向のシステム分析・設計では,相性の良いUMLを利用するケースが確実に増えている」(富士通の橋本恵二ソフト・サービス共通技術センターPMO・SI技術統括部EJB推進部長)。

 業務プロセスやシステムの機能を“抽象化”する「モデリング」の手段としての意義を指摘する声も多い。企業が抱える既存システムが複雑化する一方で,異なる企業間や部門間でシステム基盤を共通化しようというニーズが高まっている。こうした中で,システムに実装する機能を適切に抽象化したり,システムの再利用性を高めるために,有効なモデリングの道具としてのUMLに注目が集まりつつあるというものだ。

 このほかにも,ITエンジニアがUMLを理解しなければならない理由はいくつかあるだろう。だが,最も根本的な理由は,すでに多くのITベンダーやユーザー企業が使い始めたこと。すなわち,UMLが文字通り言語として「標準のコミュニケーション手段」になりつつある,ということだ。好むと好まざるとにかかわらず,UMLの理解なくしてはコミュニケーションが成立しない,という状況が現実に起き始めているのである。

 「当社は情報システムの分析・設計手法にUMLを採用している。そうである以上,UMLを使えないITベンダーは,最初から対象外だ」。UMLの先進ユーザーの1社である清水建設の安井昌男情報システム部課長は,こう語る。同社をはじめ,ITベンダーに対してUMLを“指定”するユーザー企業が最近になって増えている。全日本空輸,日本ペイント,UFJ銀行,サントリーなど,枚挙にいとまがないほどだ。

 海外のITベンダーにプログラミングを委託するオフショア開発の増加も,共通言語としてのUMLの必要性がさらに高まる要因になるだろう。こうした状況の中で,「当社はUMLは使えません」では,もはやすまされない。あなたの会社はどうだろうか?

今からUMLへの取り組みを開始すべき

 ただし,日本語の文法や単語を覚えたからといって,上手な文章を書けるわけではないのと同じく,UMLの活用にも難しい問題がある。

 例えば,「UMLの各図の役割や用途をきちんと理解しているか」ということだ。各図の表す意味や,分析・設計作業において果たす役割,主な利用局面などをきちんと理解したうえで図を描かなければならない。

 「UMLを利用する以上,そんなことは常識」と思うかもしれない。UMLを少しでもかじったことのある人なら,UMLには9つの図があることや,各図で記述する内容については,だいたいご存じだろう。しかし,常識になればなるほど,各図の本質がおそろかにされやすいのも,また事実である。「各図の用途と,表現すべきことをしっかり理解しないと,良いモデルを作るのは難しい」(UMLに詳しい独立系コンサルタント メタボリックスの山田正樹代表取締役)のだ。

 IT部門やベンダーが組織的にUML導入に取り組むときに,UML未経験の組織や個人をいかに支援するかも重要だ。新しい技術や手法を導入する際には,未経験者の不安や抵抗が付き物である。UMLも例外ではない。

 そこで,UMLの先進ユーザーの多くは,未経験者を支援する「旗振り役」の組織を設けていることが多い。これからUMLの活用に取り組む組織・個人を主に技術面で支援する「コアチーム」を設け,そのメンバーが開発現場に足を運んで指導したり,指導相手を起点にしてさらに現場での利用を促進する,といったアプローチである。

 このほか,取材を進めた結果,UML活用の「原則」とも言うべきことがらが浮かび上がった。「モデリングのスキル向上に近道はなく,良いモデルを参考にしながら地道に経験を重ねるのが結局は最善であること」「初心者のUML理解にも役立つモデルの『均質化』を心がけること」「モデルの作成やグループでの共有を効率化するには,UMLモデリング・ツールの利用が欠かせないこと」などだ。

 いずれも,ある意味で当たり前のことである。記者自身,本特集の取材を始めるまでは「書くまでもない」と考えていたものもある。

 しかし,取材でお会いしたモデリングの経験が豊富なITエンジニアの多くが,これらの原則の重要性を異口同音に指摘した。分かっているつもりのことでも謙虚に見直し,その意義を考え直す。実はこの謙虚さこそが,UMLに限らず新しい情報技術を習得し,使いこなす「エキスパートへの道」なのかもしれない。ベテランの知恵と経験を,UML習得にぜひ役立てていただきたい。

(玉置 亮太=日経ITプロフェッショナル)