ピリリ,ピリリ,ピリリ――深夜に携帯電話のメール着信音が鳴り響いた。送信元はいつも見慣れた友人の携帯メール・アドレス。「こんな時間に何の用だ」と眠い目をこすりながら開いてみると,エッフェル塔をバックに「今,パリです」と笑顔で叫ぶ友人が映っている。そう,それは旅先から携帯電話に送られてきた動画メールだった・・・

 筆者自身はまだ経験していないが,こんな出来事が現実になってきた。12月1日,ボーダフォンが本格的に第3世代携帯電話(3G)サービス「Vodafone Global Standard」(VGS)を開始したからだ。VGSは,国内でいつも持ち歩いている携帯電話機をそのまま使って,海外でも電子メール,画像付き「写メール」,動画付き「ムービー写メール」の送受信や,携帯電話向けWebコンテンツの閲覧ができる。同時に同社は,データ通信速度も最大384kbpsに引き上げた。

ボーダフォンは通信速度よりも国際性で差異化

 これまで主流だった第2世代携帯電話(2G)では細かいサービスの違いはあるものの,音声通話,メール送受信,Webコンテンツ閲覧,Javaアプリなど,NTTドコモ,KDDI,ボーダフォンの3社の間でサービス面での決定的な差はなかった。だが,次世代の3Gでは,3社の戦略とサービスに明確な差が見られる。

 まず,冒頭に紹介したボーダフォンの戦略は「国際性優先」。同社はこれまで3Gで他社に後れを取ってきた。NTTドコモの「FOMA」が2001年10月に,KDDIの「CDMA2000 1x」が2002年4月にサービスを開始したのに対し,VGSは2002年12月から。しかも,当初は国内でも電子メールの送受信やWebコンテンツの閲覧ができず,対応機種も一部直営店で販売するのみだった。

 にもかかわらず,ボーダフォンに「出遅れた」という焦りは感じられない。取材をしても,不思議なほど淡々としている。その背景にあるのが,3Gをやる上ではまず国際性を重視するという明確な戦略だったと言える。

 まずは国際ローミングに力を入れ,海外の81カ国・地域に通話可能エリアを拡大。携帯電話機は3Gの国際標準方式W-CDMAと欧州や米国で現在使われているGSMに対応させることで,国内から海外に持ち出してもそのまま使えるようにした。テレビCMでは,英国のサッカー選手デビット・ベッカムが日本の少女と笑顔で動画メールをやりとりしている。

 はっきり言えば,国際ローミングでユーザーの利便性がすぐに上がるとは思えない。海外の旅行先から携帯電話を使う機会は,さほど多くないだろう。それでも,同社は「いざというときに海外でも使えるということが,ボーダフォンというブランドへの信頼につながる」(ボーダフォン広報部)と考えてきた。

 その一方で,後回しにしてきたのが通信速度の向上だ。それにはFOMAの失敗という教訓もある。NTTドコモのFOMAは,テレビ電話機能や最大384kbpsの高速データ通信をウリに華々しく登場したが,その後の契約数が伸び悩んだのは周知の事実だ。その最大の原因はエリアの未整備にある。通信環境が整う前に見切り発車したためか,サービスエリア内でも,大通りから1本脇道に入っただけで電波状況は悪くなった。こうした評判は口コミで広がり,ユーザーには「FOMAはつながらない」という負の印象が強く残ってしまった。全国の人口カバー率が96%に達した今も,その印象を完全に払拭できてはいない。

 FOMAよりも2年も遅れてVGSを始めるボーダフォンとしては同じ轍を踏むわけにはいかない。失敗すれば,ユーザーの不満が募るだけでなく,国際ローミングで築こうとしている「世界中で使える」という信頼まで傷つけることになるからだ。だからこそ,ボーダフォンは国内の通信環境が整うのを待ったのである。その結果,国内の人口カバー率は95%以上,海外も日本人の渡航先の94%をカバーした。また,海外の主要26カ国・地域でのメール送受信やWebコンテンツの閲覧など,他社に先駆けて始めるサービスもある。満を持しての3G本格展開と言える。

KDDIは“こっそり”3G化が大当たり

 一方,既に1000万人以上の3Gユーザーを抱え,3Gだけのシェアでは圧倒的首位を走るKDDIが取ってきたのが「こっそり3G戦略」だ。「第3世代ケータイNO.1」「世代コータイ」など,3Gを強調するテレビCMを流し始めたのもあくまでも最近のこと。あるKDDIの社員は「ここに来て突然3Gと言い出したのでとまどっているくらい」と本音を漏らす。

 事実,KDDIは2002年4月にCDMA2000 1xのサービスを開始して以来,これまで「3G」という言葉をほとんど使ってこなかった。そのため,ユーザーには3G対応機種をそれと知らずに持っている人も多い。実際の話,先日,筆者は高校時代の友人から「私も携帯電話を3Gにした方がいいの? 対応機種はまだ高いの?」と相談された。しかし彼女の携帯電話を見せてもらうと,それは既にCDMA2000 1x対応機種。「なんだ,これはもう3G対応の携帯電話だよ」と言うと,彼女はひどく驚いていた。

 このようにKDDIは,ユーザーの無意識のうちに携帯電話を3Gに切り替えてきた。そして,全ユーザーが3Gを使う環境が整った今,GPSナビゲーションサービス「EZナビウォーク」や,最大2.4Mbpsの高速データ通信「CDMA 1X WIN」など,ユーザー・メリットの分かりやすい3Gサービスを続々投入してきたのである。こう考えると,CDMA2000 1xを始めた2002年4月の段階ではなく,サービスがそろい始めた今こそが,“世代交代”と呼ぶべき時期なのかもしれない。

NTTドコモは来年初頭のFOMA新シリーズがカギ

 これら2社に比べて精彩を欠いているのがNTTドコモのFOMAだ。戦略にしても,2社に比べて明確なものが見えてこない。あえて言うなら,「世界初の3Gサービスを始める」ということだっただろう。サービス開始当初から,NTTドコモがFOMAというブランド名と“3G”を併せて強調してきたことからもそれは分かる。KDDIの戦略とは対照的だ。

 しかし,それは裏目に出た。前述したように,環境整備が不十分なままスタートしたFOMAは負の印象を負ってしまった。事実,今も2GのPDCに比べて利用可能エリアは狭く,カメラなど電話機の機能もPDCの「505iシリーズ」などに劣ったままだ。サービス開始から2年以上経ってもFOMAの契約数が130万人程度に留まっているのは,無理のない話だろう。

 とはいえ,NTTドコモはこのまま手をこまねいているわけではない。2004年初頭にはFOMAの新機種を投入し,カメラの性能強化,iアプリの大容量化,待ち受け時間の長時間化などを実現するという。ソニーと合同で新会社を作り,非接触ICカード「Felica」の機能を搭載する計画もある。さらに2005年には,最大で14Mbpsを超える高速データ通信サービスも始める見込みだ。まさに畳みかけるようなFOMAの機能強化策を準備している。

 それでもなお懸念が残るとすれば,これらの機能で実際に利用できるサービスをユーザーに分かりやすく示せるかどうかだろう。FOMAには元々,テレビ電話や高速データ通信などPDCを圧倒する機能がある。にもかかわらず,ユーザーの評価は今ひとつ伴ってこなかった。具体的な利用イメージやメリットが浮かばない機能には,ユーザーは動かないということだ。iモードが登場した時のような分かりやすさこそが不可欠と言える。さらに高機能化するFOMAを手に,今後,NTTドコモがどのような巻き返し戦略を見せるのか,お手並み拝見である。

(平野 亜矢=日経アドバンテージ)