通信事業者各社が2004年3月期の中間決算を発表した。状況は各社さまざまだが,その中でも特徴的だったのがADSLサービスを提供するイー・アクセスの決算だ。「ブロードバンド時代のビジネス・モデル」について,改めて考えさせられてしまった。そこで今回はちょっと風呂敷を広げて,通信事業者のビジネス・モデルと収支構造について考えたことを書いていきたい。イー・アクセスなどの中間決算の資料を見ながら,「通信技術系雑誌の記者の視点」でまとめてみた。

付加価値サービスへ活路を求める通信事業者

 今回このテーマで記事を書こうと思った背景には,通信事業者各社とも,ブロードバンド時代のビジネス・モデルの構築に注力しているという事実がある。

 10月29日,ホテルニューオータニで開催された弊社主催のカンファレンス「Network Summit 2003」に登場したNTTコミュニケーションズの鈴木正誠社長は「IPソリューションが提案する新しいビジネス・モデル」と題した講演の中で,「これからも通信回線はどんどん安くなっていく。その安くなっていく回線を利用してユーザーが安心して便利に使えるサービスを提供することが通信事業者に課せられた課題だ」と語った。

 通信事業者はもともと,ユーザー間を音声やデータをそのままの形で送り届けるサービスを提供してきた。電話や専用線といった,いわゆる「土管」型のサービスである。しかし,1985年の通信自由化以降,多くの通信事業者が競い合ってこうしたサービスの価格競争を繰り広げ,土管型通信サービスの料金水準が大幅に低下していった。

 通信事業者にとって,料金水準が下がるということは収入の減少につながる。通信サービスを利用する1ユーザーとして見れば,通信サービスは便利で安いことが望ましいが,通信事業者は慈善団体ではない。従業員の給料を払いながら利益も出していくのが,その本来の姿。いろいろとかかるコストとユーザーから徴収する(および今後徴収できる)料金をうまく調整して,最終的には利益を出さなければつぶれてしまう――。

 そこで,通信事業者各社は,付加価値サービスに新しい収入源を求めた。インターネット接続サービスに付属するメール・サービスやWebサイト・サービス,ウイルス対策,リモート管理,ネットワーク・ストレージ,アプリケーション・サービス――などなどだ。通信事業者は,付加価値サービスに活路を見出そうとしているように見えた。

 そんなときに耳にしたのが,イー・アクセス黒字化のニュースだった(関連記事)。

「土管型サービス」のイー・アクセスが黒字化

 すでにご存じの読者もいると思うが,イー・アクセスの中間決算の大枠を確認しておこう。

 イー・アクセスの2003年4~9月の売り上げは,前年同期比2.3倍の173億9600万円に達し,営業利益が12億7300万円の黒字になった。純利益でみると,前年同期は34億7900万円の赤字だったのが5億5300万円の黒字になったのである。

 単純に比較はできないが,同じADSL事業を展開するソフトバンク・グループの中間決算の概要も参考までにまとめておく。

 ソフトバンクのブロードバンド・インフラ事業だけを取り出してみると,売上高が535億4900万円で,前年同期の135億2000万円と比べて大きく伸びた。それに対して営業損益は,前年同期より赤字幅が184億200万円増えて,496億6500万円の赤字だった。

 イー・アクセスのブロードバンド回線数は118万回線(9月末時点)。一方のソフトバンクは339万9000回線(10月末時点)。ソフトバンクに比べると約3分の1の規模である。さらに,無理を承知で単純計算すると,回線当たりの売上高はイー・アクセスが約1万4742円。ソフトバンクが約1万5754円とそれほど大きな違いはない。しかし営業損益で見ると,イー・アクセスが1回線当たり約1079円の黒字になのに対して,ソフトバンクは約1万4612円の赤字になっている。

 こうした対比から筆者の眼には,通信事業者各社が模索しているビジネス・モデルとは逆の結果が出てきているように映った。なぜなら,さまざまな付加価値サービスを収入源に考えて事業展開しているソフトバンクが赤字を増やしていく一方で,ユーザーとプロバイダをつなぐだけの「土管型サービス」を提供しているイー・アクセスが早々に黒字に転換したからだ。

戦略の違いに隠れたビジネス・モデルの差

 ソフトバンクの赤字幅が拡大した理由は,顧客獲得関連の費用負担が相変わらず大きいから。ソフトバンクは,将来にわたって安定的な収入源を確保する目的で積極的な顧客獲得戦略に出ている。このため,現状の赤字はやむをえないという立場だといえよう。それに対してイー・アクセスは,ソフトバンクという強敵の出現をばねに体力をつけ,着実に収益を改善してきたように見える。

 この見方は間違っていないと思う。しかし,こうした戦略の差以上に両社のビジネス・モデルは異なっている。この,ビジネス・モデルの部分にも,業績の違いを生んだ要因が潜んでいると筆者は見ている。

 イー・アクセスのビジネス・モデルは,アクセス回線をプロバイダに卸すというものだ。ユーザーの家庭とNTTの電話局を結ぶADSL回線部分,およびNTT局からプロバイダ各社のアクセス・ポイントまでの部分の回線サービスを,各プロバイダに卸している。

 ADSL回線を卸すというビジネス・モデルの特徴は大きく二つある。一つは,自社ブランドでサービスを提供する場合に比べて積極的なマーケティング活動が必要ない点。もう一つは,設備投資をネットワークに集中できる点である。

 イー・アクセスもソフトバンクのように,以前はテレビ・コマーシャルなどの派手な宣伝活動をしていたが,現在はそれほど目立っていない。イー・アクセスが提供するADSL回線を使ってサービスを提供する主体は,あくまでニフティやNEC(BIGLOBE)といったプロバイダになる。そのため,プロバイダとイー・アクセスが協力してユーザー獲得キャンペーンなどを行うので,ユーザー獲得にかかるコストが抑えられる。

 現在,顧客獲得コストが収支を圧迫しているソフトバンクとは対照的である。

サーバーの設備投資や運用にかかる負荷がない

 イー・アクセスが設備投資をネットワーク機器に集中できるのは,付加価値サービスを提供していないからだ。プロバイダ・サービスを提供するには,電子メールやユーザー向けのWebページ・サービスなど,ネットワーク機器以外にサーバー関連の設備投資や運用負荷がかかってくる。付加価値サービスの提供も同様だ。サーバーの運用は,ネットワーク機器とはまったく異なる技術を要する。イー・アクセスはそうしたサービスを提供していないので,設備投資をネットワーク機器に集中でき,運用管理の効率化も図れるという構造になっている(厳密にいうとイー・アクセスもパソコンを利用したIP電話サービスを提供しているが,規模はそれほど大きくない)。

 一方のソフトバンクはブロードバンド事業に参入を果たした当初から,アクセス回線の料金に加えてコンテンツや付加サービスを収入源に見込んでいた。Yahoo!を看板に掲げてプロバイダ・サービスを一貫して提供するうえ,IP電話,公衆無線LANアクセス・サービスとの連動,さらにはYahoo!BBのADSL回線を使ったテレビ放送サービス「BBケーブルTV」まで,一つのインフラで各種の付加価値サービスを提供しようとしている。さまざまなサービスを提供することで,より多くの収入を見込むというモデルだ。まさに,通信事業者各社が描きつつあるブロードバンド時代のビジネス・モデルそのものである。

 多くの付加価値サービスを提供しようとすれば,それだけ複雑なコンピュータ・システムが必要になってくる。IP電話一つをとっても,呼制御用のサーバーや加入電話網と相互接続するゲートウエイ装置などを置き,運用しなければならない。IP電話に「050」番号を振るとなると,そのデータベースの登録・運用も必要になる。

 こうした設備投資や運用コストを料金収入以下に抑えられれば,利益の向上につながる。しかし,短期的に見れば,ユーザーから徴収できる料金だけで設備投資にかけるコストをまかなうのは難しい。

 参考までにソフトバンクの中間決算を見ると,Yahoo!などのインターネット・カルチャー事業として279億6200万円の売上および141億6100万円の営業利益を出しているが,これはおもにヤフー・オークションの収入や広告売上に起因するものと同社では説明している。ブロードバンド事業と直結するものではない。一方,BBケーブルTVを含む放送メディア事業に関しては,Yahoo!BBの回線をインフラに使うBBケーブルTVの立ち上げコストが響き,66億6100万円の売上に対して営業損益は14億6100万円の赤字になっている。

 多角経営に乗り出さず一つの事業に集中した点が,イー・アクセスの早期の黒字化に貢献したと見ていいだろう。

長期的に見て成功するビジネス・モデルはどっち?

 では,長期的に見たらどうだろう? ブロードバンド時代のビジネス・モデルとして成功するのは,イー・アクセス型モデルなのか,ソフトバンク型モデルなのか。

 イー・アクセスはすでに黒字化しているので,今後ユーザー数の増加に伴い,利益幅も拡大していくと予測できる。ADSLという成長市場を舞台に,一点に集中してサービスを提供することで土管型サービスでも利益を確保できることを証明した意味は大きい。ADSLのように急激に進歩している通信技術を相手にすると,設備の入れ替えコストも負担になってくるはずだが,それにもかかわらず黒字化したという点も見逃せない。ただ,このモデルでは大幅な利益増加の見込みは薄い。

 ソフトバンクのビジネス・モデルは,ユーザー数に大きく依存する。一度契約したユーザーは,サービスを乗り換えずにそのまま使い続ける傾向がある。ソフトバンクがユーザー数に固執するのはこのためだ。ユーザー獲得に多少のコストがかかっても,ユーザーがそのままYahoo!BBを使い続けてくれれば将来的にトータルで黒字になる――と見込んでいるのである。

 こうした戦略を推進するためには,資金的な体力が不可欠になる。ソフトバンクの例でいえば,どの段階で顧客獲得コストを抑制し,事業を黒字にもっていくかという見極めが,ビジネス・モデルとして成功するか失敗するかの分かれ道になりそうだ。

 さらに,ソフトバンクに代表される付加価値サービスのビジネス・モデルには,不確定要素が多い。技術革新のスピードが速いとサーバーのハードやソフトの更新に追われ,ユーザーから徴収する料金収入だけでは運用コストをまかないきれないという状況が続くかもしれない。例えば,ADSL回線を使ったテレビ放送サービスは,CS多チャンネル放送やBS放送,地上波デジタル放送などの影響がどう出るか不透明だ。

 もう一つ,ソフトバンクが推進しているブロードバンド事業のビジネス・モデルには時代に逆行している点がある。それは,すべてのサービスをソフトバンク・グループに閉じた格好で提供しようとしていることである。ソフトバンク・グループ以外で魅力的な付加価値サービスが登場してきた時点で,ユーザーはYahoo!BBからの乗り換えを検討し始めるだろう。ただ,いつまでもユーザーを引き付けておくには,付加価値サービスへの投資を続けなければならず,なかなか利益が出る構造になりにくいという側面がある。

 長期的に見て成功するビジネス・モデルは,イー・アクセス型かソフトバンク型か――。この問いに答えが出るのはまだまだ先になりそうだ。

 ただ,ユーザーの立場で見れば,どちらのビジネス・モデルが成功するにしても,安くて便利なサービスに乗り換え可能な今のブロードバンド環境は望ましいといえるのだが。

(藤川 雅朗=日経NETWORK副編集長)