いよいよ冬のボーナス・シーズンが近づいてきた。年末に発売されるソニーの新製品「PSX」を買おうか,買うまいかと悩んでいる読者もいることだろう。筆者は,2003年10月7日にCEATEC会場で行われたPSX発表会を取材してきた。そこでは,ソファに座ったコンパニオンがリモコンを片手にビデオや音楽を再生したり,デジタルカメラの静止画像を表示する,といったデモを行っていた(参考記事)。

 デモを見ながら,ソニーは一体この製品をどう位置づけているのか,PSXの紹介記事にキャッチ・フレーズをつけるとしたら何だろうか。そこで思い浮かんだのが,次の3つのキーワードだ。

 「黒船」「鵺(ぬえ)」それとも「同士討ち」?・・・。

HDD&DVDレコーダの価格破壊をしたPSX

 まず「黒船」。ソニーの公式ページでは,PSXを「ハード・ディスク搭載DVDレコーダ」として紹介している。DVDレコーダは,薄型テレビと並んで現在のデジタル家電市場を引っ張っているヒット商品だ。今年10月ごろの実売価格帯は,80GBのハード・ディスクを搭載した低価格機で8万9800円程度が目安だった。

 そこにPSXは,希望小売価格7万9800円でHDD容量160GB(下位モデル「DESR-5000」の場合)というスペックで乗り込んだ。仕様をよく見ると,標準的なHDD&DVDレコーダが映像・音声入出力を2系統以上持つのに対し,PSXは1系統しかないなど,AV機器として見れば中途半端と感じる部分もある。しかしこの価格は,ライバル・メーカーにとってはこれまでの業界秩序を揺るがす「黒船」級の存在だろう。おかげで各社の製品はPSXの発売前にもかかわらず,実売価格7万9800円程度まで値を下げる動きを見せ始めている。

 次に「鵺」。なぜゲーム機のPS2とHDD&DVDレコーダという,端から見れば異質なものを1つのきょう体に収める必要があったのか。まるで頭は猿,体は狸という想像上の動物「鵺」さながらという違和感を感じたからだ。

 ソニー・コンピュータエンタテインメントの発表によれば,2000年3月に発売されたPS2は,2003年9月には全世界生産出荷累計で6003万台を達成している。アジアを含む日本市場では,1417万台だ。日本ではもはや,「欲しい人はすでに買っている」段階に達していると思う。

 つまり「PS2対応ゲームが遊べるHDD&DVDレコーダだから」という理由でPSXを選ぶ人は,今やそれほどいないはず。ゲームはやらないから,あるいはすでにPS2を持っているから,その分価格を下げて欲しいと思う人の方が,むしろ多いのではないだろうか。

 そして「同士討ち」。CEATECのソニー・ブースでは,新しいHDD&DVDレコーダ「スゴ録」シリーズのお披露目も行われていた。下位機種の「RDR-HX8」は160GBのハード・ディスクを搭載して,実売予想価格は9万9800円。他社の10万円以下のHDD&DVDレコーダが80~120GBクラスのハード・ディスクを搭載するのと比べると,スペック的には優位にある。松下電器産業やパイオニア,東芝の後塵を拝していたこの市場で,本格的に巻き返しを図ろうとする意欲が伺える製品だ。

 だが同時期に,同じソニーから実売予想価格で2万円安いPSXが発表されたことで,「スゴ録」の存在感はすっかりかすんでしまった感がある。せめて来春の商戦期までPSXの発売を遅らせれば,ソニーの製品同士でシェアを食い合う事態が避けられるだろうに,とは誰もが思うことだ。当然,ソニー経営陣の念頭にもその考えがなかったはずがない。

 ここまでの論で「黒船」は肯定的に使っているが,「鵺」「同士討ち」はもちろん否定的な言葉として使っている。それだけ「なぜこの時期に,この内容でPSXを出す必然性があったのか」という,ソニーに対する疑問がぬぐえなかったからだ。

リビングの主役はPCには譲らない,というソニーの意気込み

 その疑問が解消されたのは翌週の10月15日に行われた,別の発表会の場でだった。マイクロソフトの新しいOS,「Windows XP Media Center Edition 2004(以下MCE)」日本語版のお披露目だ(参考記事)。

 デモンストレーションの舞台に置かれたのは,MCEを搭載したパソコン「メディアセンターPC」とプラズマ・テレビ。ソファに座った説明員がリモコンを片手にビデオや音楽を再生したり,メモリー・カードのデジタル・カメラの静止画をテレビ画面に表示させる・・・。

 そう,その光景は,1週間前にPSXの発表会で見たものと,まさに重なるものだった。つまりPSXがライバルとして見据えていたのは,同じ家電メーカーのHDD&DVDレコーダよりも,むしろリビングへの進出をもくろむマイクロソフトだったと考えれば,得心がいく。

 MCEはWindows XP Professionalをベースに,ビデオ録画や音楽再生などのAV機能を強化したOSだ。北米などでは,すでに2002年から発売されている。

 従来のWindowsのように単独では販売されず,テレビ・チューナやハード・ディスク録画機能,記録型DVDドライブなどを装備したパソコンにプレインストールされて出荷される。リモコンの「スタート・ボタン」を押すとシンプルな専用操作画面「メディアセンター」が起動し,十字キーや録画ボタン,チャンネル選択ボタンなどで家庭用ビデオのように使える。

 つまり個人が仕事に使う道具としての性格が強かったパーソナル・コンピュータを,家族とリビングで楽しむAV家電のジャンルにも広げていこう,という戦略製品である。ソニーなどの家電メーカーから見れば,パソコン用OSで独占的な立場にあるマイクロソフトの支配力を,AV家電の分野にまで広げられてはたまらないだろう。

PS2プラットフォームの採用はメディアセンターPC対抗上の必然

 メディアセンターPCのユーザー・インタフェースはシンプルで使いやすく,しかもグラフィカルで見栄えのあるものに仕上げられている。こうした画面効果を実現するために,ベースとなるPCには高いグラフィックス描画機能が要求されている。このためNECや富士通などの主要メーカーから発表されたデスクトップ型のメディアセンターPCは,各社のハイエンド・モデルをベースにするため,液晶モニター付属で30万円前後という高価格帯になる。

 これに対してPSXは,強力なグラフィックス描画能力を持つPS2をベースに,メディアセンターPCに劣らないユーザー・インタフェースを実現した。しかも,PS2にDVDプレーヤーやインターネット・ブラウザを加えてきたように,ソフトウエアで新しい機能が追加できる。ユーザーの手に渡った後でも機能を拡張できるという,パソコンと同様のメリットも取り込んでいる。

 それでいて7万9800円という低価格を実現できたのは,累計生産数6000万台以上というPS2のプラットフォームがあればこそだろう。これは憶測に過ぎないが,PSXの製品企画はまず,メディアセンターPCと同等の機能を低価格で実現することから始まったのではないだろうか。そして,グラフィックス描画能力,拡張性,ネットワーク機能,著作権管理機能などの要件を備えるPS2プラットフォームが,必然的に選ばれたのだろう。

 2004年には,米国でもPSXが発売される予定だ。米国ではまだ日本ほど,DVDレコーダの市場規模は大きくなっていない。これから成長が見込める市場をマイクロソフトとメディアセンターPCに取られることは,デジタル家電を次世代の柱と位置づけるソニーにとっては許されないはずだ。そのための戦略商品がPSXであり,自社製品への影響を知りながらあえて発表を行った理由もそこにあるのだろう。

 エレクトロニクス商品売り場で,800ドルを切る価格のPSXと,2000ドル以上のメディアセンターPCを並べてデモンストレーションする・・・。来年はきっと米国の各地で,そんな風景が見られるに違いない。

(柳 竹彦=日経ベストPC編集委員)

日経ベストPC12月号(11月13日発売)では,PSXとメディアセンターPCの詳報記事を掲載しています。