米Apple Computerのデジタル音楽ソフトウエア「iTunes」のWindows版が登場した(関連記事)。これを契機に,デジタル音楽配信ビジネスがいよいよ花開く時代を迎えるかもしれない。

 iTunesにはAppleが2003年4月から積極的に展開している「iTunes Music Store」にアクセスするための機能が内蔵されており,まさにワンクリックで好みの曲が購入できる。「iTune」Windows版登場により,この仕組みがWindowsユーザーにも広がった。同ミュージックストアはサービス開始後,6カ月間で1400万曲を売り,合法的な音楽ダウンロードサービスでは断トツ,全体の70%のシェアを占める。Appleではこの売上はWindowsユーザーを取り込むことで,今後6~7倍に拡大するものと見ている。

 iTunes for Windowsは発表と同時に米国のサイトで無償ダウンロードできるようになっており,既に膨大なWindowsユーザーが入手して楽しんでいるという(関連記事)。米国では公開後ものすごい勢いでダウンロードされ始め,3日半の時点で集計したところ,100万件を超えたという。日本語版も10月31日からダウンロード可能となり,こちらもユーザーのアクセスが殺到しているという。実は日本語版は10月21日に公開するとしていたが,公開直後にWindows2000での動作が不安定になることが発見され,公開は延期されていた(アップルコンピュータのサイト)。

 iTunesと,それを使っての「iTunes Music Store」経由での楽曲の購入は,使い勝手がとても良く,ブラウズしているうちについつい買ってしまう,という魔力を秘めている。音源を持つレコード会社との契約により,楽曲を購入できるのは,残念ながら米国内にクレジット・カードの決済口座を持つユーザーに限られているが,全曲約30秒のサンプル試聴ができるようになっており,眺めてみるだけでも楽しめる。好きなアーティスト,曲名,ジャンルなどで検索し,曲調を確かめるだけでもずいぶん楽しめる。同じ曲でも演奏者によってこんなにも解釈が違うのか,これほど曲調に変化があるのか,と確かめるだけでも面白い。

 音楽に興味がない人にとっては面白くも何ともないかもしれないが,人気を集めている音楽配信サービスがどんなものかを見てみるだけでも,価値がある。一度チェックしてみてはいかがだろうか?

収益モデルはどう作る

 しかし,配信ビジネスそのものを収益性のあるモデルに変身させるのはなかなか難しいチャレンジだろう。Apple自身,「ミュージックストア」からはまだ収益を出せる状態ではないという。具体的な収支構造をAppleは公表していないが,次のようなもろもろの条件を考えていくと,Appleが手にする取り分は微々たるもの,すべてをひっくるめたらしばらくの間は持ち出しのビジネスにしかならないだろう。

 (1)数千万人規模のユーザーがアクセスし,サンプル楽曲を試聴し,ダウンロードできるサーバーを構築し,(2)延べ40万曲をデジタル・データに変換し,(3)縦横に検索できるキーワードを付与してデータベース化し,(4)他の音楽配信サービスに勝てる独自コンテンツを引っ張り込み,(5)権利者に「十分納得してもらえる」使用料を払い,(6)課金システムと代行業者に手数料を支払い,(7)ブランド力を維持・発展させるために広告・宣伝に注力し,(8)ユーザー増加に備え,システムを増強する,(9)ユーザーの購買意欲を維持するため,毎年数万曲の追加データを用意・・・

 中でも,(5)としてあげた「権利者が十分納得できる」使用料は後述するように,かなり巨額になるものと思われる。
 
 これでは1曲あたり99セント(約100円)はすぐに食いつぶしてしまう。収益が上がり始めるのは,利用者に対するシステム能力が十分に確保され,安定的な運用ができるようになった後,同じ曲が長期間に渡って多くのユーザーにダウンロードされるようになればの話だ。

 Appleの計画によるとサービス開始後,1年を迎えるころには累計1億曲のダウンロードを期待しているという。しかし,それでも累計売上約100億円。上述のコストを差し引くと途端に収支は怪しくなる。

 Appleではこのビジネスを成功に持ち込むには,同時に利用することを想定している携帯型音楽プレイヤ「iPod」を大量に販売することが一番と考えている。ミュージックストアで購入した楽曲を持ち歩くには,別にiPodでなくても良いが,やはり,iPodとiTunesを一緒に使った場合の使い勝手は,シンクロ機能や楽曲管理機能などの点で格段のものがあり,絶対の自信があるようだ。実際,この組み合わせを試してみると,音楽生活が格段に豊かになる実感がある。

 現在すでにiTunes Music Storeに対抗するサービス「Napster 2.0」が1曲99セントで試用サービスを始めるなど,競争相手も続々登場している。これら競合サービスの猛攻をかいくぐり,5年,10年とサービスを提供し続けない限り,上述のように利益を生む構造にはなり得ない。

生き残りを目指して,積極戦略

 既にAppleもこの点に関しては十分に認識済みと見えて,サービスの競争力強化に乗り出している。60以上のアーティストと個別に交渉して用意した独自トラック,5000冊以上の「オーディオブック」,2500万人以上の会員を抱えるというAOLのアカウントで,ミュージックストアに登録できる機能などを用意した。また,米Pepsi-Cola North Americaとは1億曲が当たる共同プロモーションを展開,認知度向上に積極的に取り組んでいる(関連記事)。

 ライセンス条件も太っ腹だ。ミュージックストアで購入した楽曲は,個人利用を目的とする限り枚数無制限でCDに記録できるとともに,台数無制限のiPodで聞くことができる。ユーザにとってはこれは大きな魅力だ。合法的に購入した好みの楽曲を,自分の好みの順番に再編成し,気分に合わせた「自分用CD」などが何回でも心ゆくまで作れるという自由度は他のオンライン楽曲販売サイトにはないアドバンテージだ。

 こうした許諾条件は著作権保持者の同意なしにAppleが勝手に設定することはできない。iTunes Music Storeに楽曲を置いた原権利者はそれら諸条件を認めた上で,許可を出しているはずだ。

 Appleは明らかにしていないが,このようなライセンス条件をレコード会社に飲んでもらえる好条件を示しているものと見られる。Appleはオンライン楽曲販売サイトを運営するのは大変な仕事で,他社は簡単にはマネができないと自信を見せているのは,こうした背景がある。Windows版iTunesが好調にダウンロードされていることを発表したときに,Appleのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)は「競合他社はまだスタート・ゲートから飛び出してさえいない状態」と述べ,優位性を強調している。

 太っ腹なライセンスといえば,さらに,共有ライセンスが含まれる。Windows,Macのプラットフォームいかんにかかわらず,合計3台までのパソコンで,iTunesに取り込んだ楽曲をネットワーク上で共有できるという機能だ。ネットワーク上で公開されている曲を見つけるには,一切特別な設定を必要としないネットワーク・プロトコルZeroconf,Appleの言うところのRendezvous(ランデブー)が働いてくれ,まさに一切の手間入らずだ。

 大いに楽しみなサービスだが,米国を除く各国ではまだ一切の楽曲販売サービスは行われていない。それぞれの国の商習慣,著作権管理機構の相違などが大きく,簡単には乗り越えられないからだ。特にiTunes Music Storeが提供している「太っ腹な」ライセンス条件はなかなか理解してもらえないだろう。しかし,将来を見据えるなら,デジタルとネットワークを活用した音楽配信ビジネスが,無駄なコストを排しながら収益に結びつけられる,最も有望な道筋と思われる。まず,卸売りを中心に置いた商習慣から脱却することから始めるべきときに来たと言えるだろう。

(林 伸夫=日経BP社編集委員室主席編集委員)