ありがとう,星野・阪神タイガース! 残念ながら阪神タイガースの日本一は「夢」となった。福岡ドームでの2連敗から,甲子園の奇跡の3連勝。そして第7戦の最終回,ベテランの広沢が意地を見せてホームランを打ったが,6対2とダイエーに抑えられ,星野仙一監督の体が福岡ドームに舞うことはなかった。

 筆者は過去2回,「記者の眼」で星野・阪神タイガースとIT経営(情報システムを活用した経営)の関係について書いてきた。読者の方からの意見も賛否両論で,「IT経営の成功ポイントが良く分かった」というありがたいご意見もあった。半面,「このサイトに掲載するような内容ではない」「阪神ファンのたわごとには付き合っていられない」など,厳しいご批判もいただいた。

 それでもやっぱり,筆者は阪神タイガースとIT経営を成功させるポイントには大きな関係がある,と感じるのである。情報システムを稼働させることは重要だが,それだけではIT経営にならない。ITを駆使した「常勝軍団」の実現が企業経営に求められる。今まで最下位が定位置だった阪神タイガースがなぜ勝ち組みに変貌したのか,IT経営の視点で学べる点は多いはずだ。

背景には情報リテラシ,そして「やる気のないものは去れ」と意識改革

 筆者が阪神タイガースとIT経営の関係について関心を持ったのは,野村克也・前監督が就任してからだった。野村・前監督はID(データ重視)野球を標ぼうしており,当時の阪神選手にデータの読み方を熱心に教えようとした。野球で言えば投手の配球データなどで,一般企業ではいわば情報リテラシだ。パソコンやExcelの使い方ではなく,マーケティングや営業などのデータ分析力といえる(関連記事)。

 しかし当時の阪神選手,特にベテランとなると熱心に学ぼうとしなかった。当時のことを「阪神の選手はもっと大人だと思っていた」と野村・前監督は語っており,ヤクルトの選手とは違って,熱心に教えても実を結ばなかった。野村・前監督は後に社会人野球のシダックス監督に就任したが,シダックスの選手は大人だったためか教えを熱心に吸収して見事,社会人野球で準優勝を獲得した。

 たとえ情報リテラシを教えても,選手(社員)たちにやる気がなければ仕方がない。そこに登場して選手たちの意識改革を図ったのが,星野監督である。やる気のない選手を思い切って外部に放出した一方で,気配りを示して選手たちのやる気を高めたのは,さまざまなメディアで語られている通り。野村・前監督の情報リテラシ教育がバックグラウンドにあり,それにやる気が加わった阪神タイガースに怖いものは無い(関連記事)。

 IT経営も同じで,社員に情報リテラシ教育を推進するだけではなく,社員にやる気を促進する仕掛け作りが必要だ。新しい報酬制度を設けたり,社員の意見が通りやすい組織に改革するなど,社員が熱心に仕事に取り組める環境が求められる。

思い切った投資が不可欠になる

 しかし,情報リテラシ教育とやる気だけでも,今年の阪神タイガースはここまで来れなかっただろう。もう一つの要因は,「投資」にあると筆者は考えている。具体的には金本や伊良部,下柳といった外部の選手を高額で獲得したことだ。以前の阪神タイガースなら考えられない,思い切った投資である。

 IT化でも同じで,成功の大きなポイントが「投資」である。「安ければよい」ではなく,企業の命運を左右する重要な情報システムの構築には,それなりの投資がかかる場合が少なくない。日経アドバンテージでは中堅企業2000社に対し,2003年度の「IT投資実態調査」を行った。それによると,約9割の中堅企業がたとえ不況でもIT投資は減らさない,という結果が出た(関連記事,詳細は同誌10月号参照)。企業の競争力を維持するには,ある程度のIT投資はどうしても必要になる。

費用対効果を明確にした

 しかし,やみ雲に投資するわけにはいかない。投資するからには,費用対効果が求められる。これは野球でも一般企業でも同じ。ではなぜ,阪神タイガースの場合は例年なら通らない大型の投資案件がなぜ今年は許されたのか。それは星野監督が球団トップを説得する際に,費用対効果を明示したからである。

 今回の大型補強で,観客動員数がどれだけ増え,球団の収益にどれだけ貢献するかを計算し,球団トップを納得させたのだ。実際,星野監督は試合中でも入場者をいつも気にしており,球場で観客が少ない個所を見つけると球団の営業担当者に「なんでレフト・スタンドがあんなに空いているんや。選手も頑張っているのだから,営業も頑張れ」とゲキを飛ばしたという。営業まで考慮する監督はほとんどいないだろう。実際,今年の阪神タイガースの入場者数は300万人を突破して過去最高となり,投資に対する費用対効果は十分だった。

 「選手(社員)の情報リテラシ」「選手(社員)のやる気」,そして「必要な投資」と,阪神タイガースが成功した理由とIT経営を成功させるポイントは同じなのである。このうち,どれが欠けても成功はおぼつかない。3つの要素が重なって,初めて常勝軍団へと大きな威力を発揮する。

 ただし,失敗もある。今回の日本シリーズではダイエーの強力打線のいわゆる「100打点カルテット」を抑えても,下位打線,あるいは杉内投手などノーマークの選手たちに苦しめられた。一方,阪神タイガースの井川投手や伊良部投手などはダイエーにマークされ,ヒットを許してしまった感がある。リーグ優勝後,データ分析の時間は十分だったはずだが,油断としか言いようがない。それとも初の日本シリーズ出場や星野監督の退団のニュースで動揺したのか。

 いずれにせよ,今回のような油断を戒め,3つの要素を忘れない限り阪神タイガースの将来は明るい。今後,星野監督はユニフォームを脱ぐことになるが,新監督の下で来年はきっと「日本一」になるはずだ。

 最後にもう一度言おう。ありがとう,星野監督!

(大山 繁樹=日経アドバンテージ副編集長)