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どうなる?IP電話の特許問題――孫社長の“強気発言”の裏を読む

2003/10/27

 日経コミュニケーション10月27日号でIP電話サービスの特許について特集を組んだ。

 実は本誌で特許の問題を取り上げることは珍しい。今まで通信業界では,携帯電話の通信方式CDMAの技術を巡る争い,携帯電話の2画面表示などあったが,全体としては特許の問題が表沙汰になることはなかった。

 自分の持つ特許権を声高に主張するよりも,互いに特許をライセンスし合ったり,一種の業界団体のようなものを作って調整していた。例えば,音声圧縮/伸張技術のG.729はNTTやNECを含む数社が特許を保有しているが,カナダのSipro Lab Telecomが一括してG.729についてのライセンス供与などの業務を行っている。

 国内の通信業界ではNTTが君臨して,サービス,技術,そして特許まで押さえていたという事情もある。NTT持ち株会社の知財部門幹部は「1万数千件の特許を持っているが,特許を他社にライセンスしないということはなかった。通信なので互いに特許を使い合うのが望ましい」と基本スタンスを説明する。一方で「他社が持っている特許がNTTのビジネスにかかわるが,それをNTTにライセンスしないという相手にまで,NTTの特許をライセンスするのかは分からない」と打ち明ける。

 このNTT幹部が語る「相手」とは暗にソフトバンクのことを指していると考えられる。日経コミュニケーションやIT Proの読者にはご存じの方も多いと思うが,ソフトバンクの孫正義社長はIP電話の特許を出願していることを8月8日の決算発表会で公表した(関連記事)。「他社は我々が特許を出願済みであることを認識し,十分気を付けて事業を展開してほしい」とIP電話サービスに取り組む他の事業者をけん制。「特許切れ直前の19年目になって,過去にさかのぼって請求することもある」とまで言い放った(注1)

注1:特許の専門家である弁理士によると「特許の有効期限は出願から20年だが,特許権が行使できる有効期限は3年間。ただし警告をし続ければ,19年分を請求することができるかもしれない」という。

「基本特許はライセンスしない」

 さらに8月27日,本誌は前々から申し込んでいた孫社長への単独インタビューにこぎ着けた。インタビュー開始から30分。話題がIP電話の特許に移ると,孫社長のボルテージが次第に上がり始めた。そして「IP電話の特許が成立したら,クロス・ライセンスしたり特許料を請求したりしない。誰かのまねをする方が得という日本の悪しき慣習は,そろそろやめにしてほしい」と断言したのである(孫社長インタビューの全文は日経コミュニケーション9月22日号に掲載)。

 ソフトバンクの出願したIP電話関連の特許は全部で5件ある。孫社長は,「従来どおりの電話番号がそのまま使え発信も着信もできる,これこそIP電話の基本特許と考えている」と本誌に説明した(注2)

注2:5件の内訳は,(1,2)ダイヤルアップでインターネットに接続したうえで使うIP電話(特許公開番号平11-275256,同2003-224682),(3)無線端末を子機として使ったIP電話(同2003-18294),(4)料金を支払ったうえで使う公衆IP電話(同2003-37614),(5)IPベースのPBX(構内交換機)について定めた企業向けIP電話(同2003-143323)である。

 特許の詳しい内容については,日経コミュニケーションの10月27日号を参照したり,特許庁のWebサイトで検索していただきたいが,今のところ5件とも出願中の状態で,成立はしていないようだ(10月24日時点)。

 特許は成立までの過程で内容が大きく変わることがあり,現時点で特許の内容は確定していない。ただ,仮に成立したとしたら,ソフトバンクと“同種”のIP電話サービスを提供している通信事業者はサービス仕様を変更したりサービス提供を停止せざるを得ない,という可能性が急浮上してきたのである。この影響を見極めるべく今回の特集を組んだ。

一斉に疑問を抱く関係者

 もっとも孫社長の“特許出願宣言”には疑問を投げかける通信業界や特許の関係者は少なくない。特許の成立や却下など内容自体の評価に関しては,特許庁の審査官の判断に委ねるしかないが,次の3点を指摘する声が多かった。

(1)出願した各特許で重きを置いているのが,IP電話の機器自体なのか,IP電話サービスの機器構成なのか,IP電話サービスの方法なのか,分からない――。

(2)同様の特許は多数出願されているように思われる。仮にソフトバンクのIP電話特許が成立したとしても,実際に権利を行使するには他社や他の団体の特許も必要となるのではないか――。

(3)そもそもなぜ,孫社長はここまで強気に出ているのか。どの特許も出願しただけで成立していないのに――。

 日経コミュニケーションの10月27日号では,(1)と(2)の点について重点的に調べ,誌面で紹介した。ここでは,(3)の「孫社長がなぜここまで強気に出ているのか」に絞って検証したいと思う。

仮説1:有効な特許が突然出現する?

 筆者は孫社長が特許の話を持ち出しここまで言及するのは,単に口を滑らせただけではないと思う。読者の方々もそうだろう。

 あくまでも推測の域を出ないが,すでにIP電話の重要特許を成立させた上で孫社長が一連の“強気発言”をしている可能性はゼロではない,と筆者は考えた。

 特許は成立までに,出願→内容の公開(出願から1年半後)→成立に向けた審査→成立の査定→成立内容の公開→他者から異議受付→特許として維持決定,というステップを踏むのが一般的である。出願した内容は1年半が経過しないと,公開されず他人の目に触れない。つまりソフトバンクがこの1年半に5件以外に特許を出願していたとしても,分からない。

 特許の出願から成立まで通常は早くて2年,たいていは3年以上かかると言われている。しかし,1年程度で特許を成立させてしまうことも不可能ではない。条件として,「特許の内容をサービスなどに実際に適用している」というのがあるが,BBフォンを提供しているソフトバンクはこれをクリアしている。

つまりである。5特許の出願から遅れて“基本特許”を出願。5特許に周囲の注目が集まっているうちに,“基本特許”を成立させてしまっているのではないか。特許は「成立の査定」から,「内容の公開」までおよそ2カ月から3カ月かかる。“強気発言”があった8月8日の決算発表会の直前に成立の査定が済んでいたとしたら,3カ月後の11月の上旬までには“基本特許”が公開される――。

 こういった形で,すでにIP電話の“基本特許”を成立させたうえで,孫社長が発言しているという可能性がないわけではない。そういえば5月の決算発表会では特許に一切触れていなかった。そう考えると,この5月から8月の3カ月間で「何か状況が変わった」と考えてもおかしくはない。

 このような潜伏している特許については,「あるかないかも含めて,特許について詳細は公表できない」(ソフトバンク)と言う。

仮説2:LCRの特許を押さえている

 今回の取材先の中には,「孫社長は特許のことを理解しているのだろうか」という声があったが,孫社長は特許の“素人”ではない。

 特許庁のWebサイトで調べると孫社長による成立済みの特許は検索可能範囲内で11件ある。さらにこれらとは別に,成立はしていないが出願中の特許が22件ある。

 よくよく見ると,この成立済みの特許の中に「回線選択装置管理システム」という発明名称のものがある。内容を見てみると,複数の電話回線から安価な回線を選択する特許であった。いわゆるLCR(Least Cost Routing)などと呼ばれているものだ。

 孫社長の言葉を振り返るとIP電話特許の出願内容に関して,「電話番号の対応付けのほか,う回機能だとか110番,119番への接続とか様々だ。停電してもつながる仕組みもあるし,携帯電話への接続もその1つだ」と言っている。つまり,IP電話でも最適な回線を選ぶところが,特許の肝と見て取れる。仮に「LCR特許」がIP電話サービスに適用できるとしたら,孫社長は肝となる可能性を持つ特許を保有していることになる。

 もっともLCR特許は一般電話回線を想定したもので,IP電話向けのものではない。

 この点について弁理士に聞いてみた。ある弁理士は,「特許はアナログ電話のもの,IP電話にまでは及ばないかもしれないが,場合によっては及ぶかもしれない」,また他の弁理士は「LCRの特許を持っていることは,たとえアナログであってもIP電話に適用できるかもしれないし,IP電話の特許の審査でも有利に働くのでは」と言う。

 見解は多少異なるが,LCR特許を保有していることが有利に働く可能性はありそうだ。この特許は出願が1989年なので,権利を行使できる有効期限は20年後の2009年となる。

仮説3:記者に特許を調べ上げさせ,業界に周知させるため

 この3つ目は孫社長が強気に出ていることとは直接関係がない,と筆者は思う。ただひっかかる所があったので述べておく。

 冒頭で述べた8月末のインタビューの際に,孫社長に「さまざまな事業を準備しているが(ソフトバンクを)ウオッチしないでください」と半分冗談,半分真顔で言われた。そう言われると,ウオッチしたくなるのが記者というものだ。今回はウオッチし続け,最終的に特集まで組んでしまった・・・。

 大手電機メーカーで知財部長を務めた弁理士に取材した際に,「昔は記者を利用して各社の出方をうかがったね。わざとちょっと違う情報を記者に教えて,他社の反応を見たりして。ははは」。んっ,これはひょっとして。筆者は取材先にソフトバンクの特許を説明して回った。「ソフトバンクの特許出願は日経コミュニケーションのWebニュースや取材で初めて知りました」という方は多かった。

 さらに今後IP電話サービスで重要な位置を占めると思われる各社の重要特許についてまとめあげ掲載した。完璧とはいえないまでも,よくぞここまで調べたものだと自負を持っている。IP電話で300万以上のユーザーを抱えるソフトバンクにとっても貴重な情報源となるだろう。

 しかし孫社長がここまで考えて事を進めているとしたら,脱帽である。

IP電話で特許紛争勃発か

 孫社長が「特許はライセンスしない」といった発言の波紋は大きくなっている。

 IP電話では,「いままで特許の問題は起こったことがないと思う」(特許庁)という。ただ筆者が調べたところ,すでに多くの会社や団体が基礎から応用までさまざまな特許を取得もしくは出願済みであることが分かった。このような状況の中,ソフトバンクが特許を成立させ他社への権利行使に乗り出したらどうなるか。

 前出の大手電機メーカーで知財部長を務めた弁理士は,「IP電話は既存電話の置き換えで大きな市場が予想される。各社がIP電話で必要とされるさまざまな特許を持っている現状から見て,権利を主張し合う時代がやって来るのでは。システムものなので一度紛争が起こったら解決するのは難しそうだ」と指摘する。特許紛争が勃発すると,IP電話のユーザーやADSL事業者まで影響が広がっていく可能性がある。

(市嶋 洋平=日経コミュニケーション)

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