地上波デジタル放送を受信するために必要な機器を知らない人は74%――。電通がこのほど,関東・近畿・中京の3大都市圏で実施した地上波デジタル放送の認知度調査の結果である。

 3大都市圏ではデジタル放送の開始が2003年12月1日に迫っている。そのほかの地域でも2006年末までに始まり,2011年には現行の地上波アナログ放送が全国で一斉に終了する計画になっている。それまでに,適切な機器を購入しなければ,地上波放送は見られなくなるというわけだ。だが筆者の周りでも,地上波デジタル放送について詳しく知っている人はまだ少ない。

 地上波デジタル放送を視聴するには,同放送のチューナが付いているテレビ受像機(デジタル・テレビ)を購入するか,すでに持っているアナログ・テレビに外付けのデジタル・チューナを接続する必要がある。家電メーカー各社は外付けチューナよりも,デジタル・テレビの需要の方が高いとみる。アナログ・テレビの買い替えを機に,デジタル・テレビの普及が進むと予想しているからである。

 年末商戦に向けてメーカー各社は店頭にデジタル・テレビを並べる。だが,それぞれ何がどう違うのか,筆者も頭を悩ませている。そこで,メーカー各社のデジタル・テレビ戦略を比べることで,何を買えばいいのか考えることにした。対象はテレビ受像機(ブラウン管と液晶の合計)の国内シェアが1位の松下電器産業と2位のソニー,3位のシャープの3社である(日本経済新聞2002年7月調べ)。

松下はテレビが“王様”

 まずは松下から。同社は,テレビ受像機に各種機能を盛り込むという基本路線を採っているようだ。テレビ受像機をAV(音響・映像)事業の主力に位置付けてきた歴史的な背景と無関係ではなさそうである。このほど,DVDレコーダを内蔵したアナログ・テレビを業界で初めて発売したし,この路線はデジタル・テレビにも継承されている。

 松下が年末商戦に向けて発売したデジタル・テレビには,すべての機種にインターネット接続機能が搭載されている。購入者は,同社が運営するデジタル・テレビ専用サイト「Tナビ」をはじめ,一般のWebサイトにもアクセスできる。

 もっとも松下も,あらゆる機能をテレビに盛り込もうと考えているわけではない。ブロードバンド対応のDVDレコーダ「DMR-E200H」を,テレビ受像機の外付け装置として販売している。外出先から携帯電話機を使い,インターネット経由でテレビ番組の予約録画の指示を出すことなどができる。このように,内蔵するとテレビの価格が高くなりすぎる機能や,寸法の制約で薄型テレビには収まらない機能などは外付け装置で対応する。

 ただし外付け装置は松下にとって,「テレビ受像機の周辺機器」という意識が強い。あくまでも「中心にあるのはテレビ受像機」(中村邦夫社長)である。今後もデジタル・テレビを中心に機能向上に取り組むはずだ。

ホーム・ネット端末目指すソニー

 こうした松下電器の路線とは対照的に,ソニーは「ユビキタス・バリュー・ネットワーク」という商品コンセプトを掲げ,テレビ受像機につながる外付け装置の機能充実を図っている。インターネット接続機能や放送用チューナを持つ「ゲートウエイ」と呼ぶ外付け装置を家庭に設置し,これを中核としてテレビやパソコンなどのディスプレイに映像を映す。「コンテンツを,いつでもどこでも楽しめる」という視聴環境の実現を目指す。このコンセプトの下では,デジタル・テレビは表示装置の1つでしかない。

 ゲートウエイ機能はテレビ受像機「ベガ」に搭載する場合もあるが,基本的にはDVDレコーダやオーディオ・システムなどのAV製品群「コクーン」や,パソコン「バイオ」などの外付け装置が担う。さらにソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が2003年末に発売する「プレイステーション2」の上位機種「PSX」(関連記事)も,インターネット接続機能や放送用チューナを持つゲートウエイの位置付けである。

 年末商戦に向けて発売したデジタル・テレビにも,こうしたソニーのDNAは受け継がれている。外部装置との連携機能を,「スタジオ・アプリケーション」と名付け,一層の機能強化を図った。デジタル・テレビにメモリースティックを差し込めば,テレビ画面に映し出されている動画を記録できる。

 そのメモリースティックをPDA(携帯型情報端末)などで再生すれば,あらゆる場所で映像が視聴可能になる。またソニーのバイオに蓄積した動画や写真を,デジタル・テレビからLAN経由で呼び出して画面に映すこともできる。デジタル方式のレコーダともi.LINKインタフェースでつながる。デジタル・テレビをホーム・ネットワーク端末として位置付け,パソコンやデジタル・レコーダ,移動通信機器など各種外部機器と連携させる。最終的にソニー製品で囲い込むのが狙いだ。

 松下電器とソニーの路線には,どちらも一長一短がある。ソニーのように外付け装置の機能を重視すれば,サーバー型放送などの新サービスが始まったり,新しい通信方式が登場しても,ディスプレイを買い換えることなく高機能化に対応できる。半面,接続などの設定が複雑な場合があり,機能の説明が難しいなどの理由で,小売店に敬遠される可能性もある。これに対して各種機能を内蔵する松下路線は,設定などは比較的容易だが,テレビ受像機に多くの機能が盛り込まれるほど購入後の高機能化への柔軟な対応が難しくなる。

シャープはシンプルが売り文句

 さて,3番手のシャープは松下電器やソニーとは一線を画し,「明快なデジタル・テレビ戦略」を推し進めるという。

 同社はデジタル・テレビを,液晶テレビに絞って販売している。当初からブラウン管からプラズマ,液晶テレビまでを地上波デジタル放送に対応させて,豊富な品ぞろえで消費者を引き付けようとしている上位2社とは方向性が異なる。シャープは来年4月までに40型や50型の大型液晶テレビも発売する計画である。

 「小型は液晶,大型はプラズマ」という薄型テレビの常識を覆し,小型から大型まで,あらゆる画面サイズを液晶テレビだけでカバーする供給体制を整える。同社はすでにプラズマ・テレビの販売を中止しており,今後はデジタル・テレビ事業の資源を液晶テレビに集中させる考えだ。

 デジタル・テレビのネットワーク対応に対しても,あえて消極的な姿勢をとる。「需要が高まらない限り対応しない」などとして,上位2社が競うネットワーク化の動きを静観する構えだ。結果として松下電器やソニーと比べて,シャープは「テレビ番組の視聴」という本来の機能を際立たせた製品戦略を打ち出すことになった。

 品ぞろえと機能をシンプルにして消費者を引き付ける――。これが,シャープのデジタル・テレビ戦略といえそうだ。

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 松下,ソニー,シャープの3社がつくるデジタル・テレビの特徴はだいたい分かっていただけただろうか。キーワードはそれぞれ,「インターネット」「ホーム・ネットワーク」「シンプル」となる。今年の年末商戦でデジタル・テレビを購入する人も,来年以降に買う予定の人も,参考にしていただければ幸いである。

(吉野 次郎=日経ニューメディア)