オープンソース・ソフトと聞いて多くの読者が思い浮かべるのは,サーバー分野での普及だろう。Linux,Apache,PostgreSQL,Tomcatといったオープンソース・ソフトがシステム構築に使われることはもはや珍しいことではなくなっている。だが,デスクトップ分野となると話は別だ。デスクトップ分野は,マイクロソフト製品が圧倒的なシェアを占めており,その上でWordやExcel,Outlookといった商用ソフトが使われている。

 しかし,筆者は日経ITプロフェッショナル10月号の特集「オープンソース・ソフトの基礎から使いこなしまで」の取材を通して,デスクトップ分野にもオープンソースの波が確実に押し寄せていることを実感した。特に強くそう思ったのが,産業技術総合研究所(産総研)を取材をしたときだ。

オープンソースのデスクトップ環境を1000台規模で導入

 オープンソース・ソフトはデスクトップ用途に耐えるのか。また一般に言われる“オープンソース・ソフトによるTCO[用語解説]削減”は本当のことなのか――こうしたことを明らかにすべく,産総研は2003年9月,情報処理振興事業協会(IPA)の委託を受けて「電子政府におけるオープンソフトウェア活用に向けての実証実験フィジビリティー調査」と呼ぶオープンソース・デスクトップ実証実験を開始した。産総研は,2001年4月に31の国立試験研究機関を統合して生まれた国内最大の研究開発機関である。

 実証実験ではまず,所内の業務システムの現状調査を行い,相互運用性を考慮したうえでオープンソース・ソフトが利用できる範囲を検討する。この検討結果に基づいて導入計画を策定し,所内のパソコン約1700台にLinuxをはじめオフィス・ソフトの「OpenOffice.org」,メール・ソフトの「Sylpheed」,Webブラウザの「Mozilla」などのオープンソース・ソフトで構成するデスクトップ環境を順次導入していく。

 導入したデスクトップ環境は,約1000人の職員が利用する。デスクトップ環境を利用するのは研究職員ではなく,一般の事務職員である。彼らが使えるレベルに達していなければ,本当の意味で実用の域に達しているとは言えないからだ。

 研究開発をスムーズに進めるためにも「事務処理システムの運用には,一般企業並みのシビアさが求められる」(産総研の担当者)という。その点において,あまり実績のないオープンソース・ソフトをパソコンに大量導入するのはかなりリスキーな試みである。

 産総研がこうしたリスクを冒して実験の開始に踏み切った狙いの一つは,年々増加しているソフトの購入費用の削減だ。現在は業務に使用しているパソコンのほとんどに,WindowsやマイクロソフトOfficeがインストールされており,これらのライセンス料を合わせると相当な額になる。こうしたソフトをオープンソースにしてコストを削減できれば,「研究予算の自由度を高めるうえでも,かなり大きなインパクトになる」(同)。

 これまでの予備実験の段階で,「ソフト自体の完成度はかなり高いことが分かっている」(同)。実験では,周辺機器がきちんと利用できるかどうかやマイクロソフトOfficeとのファイルの互換性,実際に業務に利用したときにどんなトラブルが起こるのか,などを検証する。職員がオープンソース・ソフトを使いこなせるよう利用マニュアルも作成するほか,ネットワーク経由でデスクトップPCのハード設定やソフト設定,ソフトのインストール/アップデートなどを一括管理できるツールも独自に開発する。

 このツールはオープンソース・ソフトとして一般に公開する予定だ。実験は2005年3月まで実施し,各年度末には,実験結果の報告書と併せて導入計画のドキュメントや利用マニュアルを,企業や官公庁向けに公開する計画である。

 こうした政府系機関によるデスクトップ環境へのオープンソース・ソース採用の動きは,日本だけではない。世界各国の政府や自治体がオープンソースのデスクトップ環境の導入を推進している。例えば,中国の北京市は2001年12月にLinuxを搭載するパソコン2800台を導入している。また2002年6月からLinuxのデスクトップ環境を独自に開発するプロジェクトも実施している。ドイツのミュンヘン市も,2003年5月に市職員が日常的に使うパソコン1万4000台にLinuxを導入することを決定した。

Windows並みの使い勝手を目指したLindowsOS

 政府の動きのほかに,もう一つ見逃せない波がある。エッジが8月に発売した「LindowsOS 4.0」だ(関連記事)。まだまだ注目度は高くないし,パソコン・メーカー各社ともマイクロソフトとの“しがらみ”があって動き出せないでいるものの,その価格に注目するメーカーは少なくない。

 Lindowsの価格は6800円で,ジャストシステムのかな漢字変換ソフト「ATOK」をバンドルしている。1年間のライセンス料(9800円)を払えば,1800以上のソフトを自由にダウンロードして使用できる。この中には,サン・マイクロシステムズのオフィス・ソフト「StarSuite」も含まれている。ATOKやStarSuiteはパッケージ単体で購入すると1万円近くする商用ソフト。そのことを考えると,1年間のライセンス料を払ったとしても十分に安価なデスクトップOSと言える。

 ご存じの読者も多いと思うが,Linuxブームが始まった1998年ごろに「Linuxがデスクトップ分野で普及する」と予想されたことがあった。だが実際には,Webブラウザやオフィス・ソフト,メール・ソフトなどの「キラー・アプリケーション」の不足と,「OS自体のインストール・設定の難しさ」がネックとなり普及には至らなかった。

 しかし現在では,OpenOffice.org,Sylpheed,Mozillaといったキラー・アプリケーションが揃いつつある。筆者自身,2~3年前からこれらのソフトを利用しているが,今では日常の業務で不便を感じることはまずなくなった。Lindowsに代表されるように,OSの使い勝手もWindows並みに向上している。実際にLindowsも試してみたが,キーボードとコンピュータ名,パスワードを設定するだけでOSのインストールが完了したのには驚かされた。インストールのし易さでいえばWindows並みか,それ以上という印象だ。

 もちろん,店頭に並ぶパソコンのほとんどにWindowsがプリインストールされている現状を考えると,WindowsがすぐにLinuxに置き換わるとは考えにくい。しかし,パソコンをWebブラウザやメール,ワープロ,表計算といった比較的限られた用途でしか使用しないユーザーは多い。こうした用途に限定すれば,商用ソフトをオープンソース・ソフトに置き換えるコスト的なメリットは極めて大きい。世間で考えられている以上に,オープンソースのデスクトップ環境への普及は早いのではないだろうか。

(中島 募=日経ITプロフェッショナル)