楽天が,9月4日「旅窓(たびまど)」こと「旅の窓口」を323億円で買収したことはまだ記憶に新しい(関連記事)。旅窓は日立造船の100%子会社であるマイトリップ・ネットが運営するオンライン宿泊予約サービス。約294万人の会員を集め,宿泊予約サービスとしては最大手にまで成長していた。

 この発表の3日前の9月1日。楽天グループの検索/ポータル・サイトであるインフォシークとライコスがサービスを統合した。ライコスのサービスがインフォシークに移った形なのだが,インフォシークに引き継がれなかったサービスもある。

 派手な業界動向の影で,ひっそりと表舞台から消えていくサービスはたくさんある。それらを探ってみると,もしかしたらやり方次第ではまだまだ伸ばしていけるサービスも隠れているかもしれない。そんな気持ちから,今回は323億円買収の影で楽天から切り離された,ある無料サービスにスポットを当ててみたい。主役の名前は「ブリンク(BLINK)」である。

常時接続時代の基本サービス

 ブリンクとは,ネット上でブックマーク(Internet Explorerでいうところの「お気に入り」)を管理するサービスである。勤務先でも家庭でも出先でも,同じ自分のブックマークを利用できる。例えば,勤務先で気になるサイトを見つけたら,ブリンクに登録しておき(注1),家に帰ってじっくりサイトを見ることができる。もちろん,その気になればインターネット・カフェでIDとパスワードを入力して,自分のブックマークを使うこともできる(注2)

注1:ブックマークの登録は最小2クリックで可能だ。あらかじめ「Blink It!」をInternet Explorerのリンク・バーに登録しておき,登録したいページを見つけたらBlink It!をクリック。登録ウインドウが表示されたら,保存ボタンを押せばよい。

注2:自分のパソコンであれば,クッキーを用いてIDとパスワードを保存できる。このため一発で自分のブックマークを表示させることが可能。ブラウザの最初のページに設定してもいいだろう。なお,インターネット・カフェなどでIDとパスワードを入力するサービスを使うには,キー入力傍受などのリスクを知った上で使う必要があるだろう。

 ブリンクには便利な機能がいろいろあるが,筆者が「これは」と思う機能を3つだけ紹介しよう。

1.ブックマークにコメントを付けられる:Internet Explorerのお気に入りではサイト名しか表示できない。しかしブリンクでは,ユーザーが付けたコメントをブックマーク一覧に表示できる。このコメントはブックマークを使うときに大いに参考になる。ブックマークを登録するときに併せてコメントを入れておくのがポイントだ。

2.アクセス頻度順のブックマーク表示:ブックマークの一覧は7種類の基準でソートできる。筆者は「ヒット数順」(アクセス頻度順という表示の方が筆者は分かりやすいと思う)に設定している。よく使っているブックマークほど上に表示されるのだ。フォルダの中で自然淘汰が進んでいき,便利なブックマークは上の方に,そのフォルダに入れたものの全然使われないブックマークは下の方に貯まっていくわけだ。まったく使わないブックマークは時間のあるときに削除してしまえばよい。

3.関連検索で似たもの発見:これは今回の取材で知った機能である。あるフォルダで「散策:関連検索」をクリックすると,そのフォルダに含まれるブックマークと類似のブックマークを表示してくれる。ブックマークしたページのキーワードなどを見ているわけではなく,あるフォルダに含まれているブックマークが同じように含まれている他人のブックマークを紹介してくれる。筆者は以前に「散策:関連検索」をクリックしたことはあるのだが,整理しきれないブックマークがぐちゃぐちゃ入っている最上位フォルダでクリックしたので,出てきた結果も訳の分からないものになっていて,そのありがたみに気が付かなかった。

失って気が付く,その依存度

 筆者はこのブリンクを日本でサービスが始まった当初から使い始めた。今では,すっかりブリンクを経由してインターネットを利用している。自らの“どっぷり度”を実感したのは,先月である。24時間メンテナンスのためにサービスを休止するという予告表示は事前にあった。まあ,1日くらいならなんとかなるか,と楽観していた。ところが24時間過ぎても復旧しない。一時はサイトが見つからない状態になった。

 そのうち,「運営者移行のためサービスを停止しています」といったような表示が出るようになった。筆者はライコスのサービスとしてではなく,素(す)のブリンクを使っていたのだが,ライコスとインフォシークのサービス統合のために時間がかかっているのかと思った。

 ブリンクが使えないと不便で,いくつかのページはGoogleで検索しなおして,Internet Explorerのリンク・バーに登録した(注3)(最も使用頻度が高いページは以前からリンク・バーに登録してある)。無料サービスではなく,月に300円くらい払っても良いから,1年365日のうち364日間くらいはちゃんと稼働してもらいたいと思ったものである。

注3:これも今回の取材時に知ったのだが,実はブリンクのエクスポート機能を使えば,ブリンクに整理している内容をInternet Explorerのお気に入りに取り込める。こうしておけばオフラインでも利用できるのであった。

 9月1日が迫ってきた。インフォシークに移行するライコスのサービス一覧にはブリンクは載っていない。もしかして,このままブリンクはライコスから切り離されて,サービスを休止してしまうのではないだろうか? 2年近くにわたってブリンクに蓄積してきた私のブックマークは2度と使えないのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。

 ――結局,ブリンクは約2週間の停止後,9月6日に復旧した。回復したブリンクの画面を見ると,運営者は稲畑産業に変わっていた。なんだ? この会社は。

元筆頭株主が引き取る

 結果として,ブリンクは新インフォシークには引き継がれず,新しいオーナーの下に移った。なぜインフォシークに引き継がれなかったのか? それにはブリンクの来歴を振り返る必要があった。

 ブリンクは元々ライコスが開発したサービスではなかった。米Blink.comが開発したサービスであり,日本法人ブリンクドットコムが2000年6月から日本語でサービスを提供していた。

 その後,2002年5月には,ライコスジャパンに国内営業権が移った。ブリンクドットコム,ライコスジャパンとも住友商事の傘下だったのである。

 ところが2002年12月には楽天がライコスジャパンに出資,筆頭株主となり楽天グループに入った。そして,2003年9月1日にはライコスジャパンとインフォシークは楽天に吸収合併された(注4)

注4:楽天はインフォシークを2000年11月に買収している(関連記事)。

 2003年9月1日のサービス統合ならびに楽天への吸収合併時に,ブリンクのサービスは稲畑産業に移った。稲畑産業と聞いても,ご存じない方も多いだろう。恥ずかしながら筆者も今回の取材を始めるまで名前すら知らない企業だった。しかし,れっきとした東京証券取引所一部上場の企業なのである。

 稲畑産業は,専門商社。IT系で身近なところでは,インクジェット・プリンタのインク原料を扱っているという。同社の前身である稲畑染料店は1890年(明治23年)創業というから,110年以上の歴史を持つ老舗である。その時代はというと,前年の1889年に大日本帝国憲法が発布,1890年は第1回総選挙が行われ,帝国議会が初めて開かれた年である。IT的には,東京~横浜間で電話交換が始まり,日本の電話元年となった。

 なぜこうした老舗企業がブリンクを引き取ったのか? 稲畑産業はブリンクドットコムが設立した当初,筆頭株主だったのである。こうした関係があり,ライコスから無償でブリンクのサービスの運営を引き継いだ。

 新インフォシークの広報にブリンクを引き継がなかった理由を尋ねたところ「ライコスのシステムとは別システムで動いていたことから,引き継ぎを見合わせた」という回答が返ってきた。それもそうだろう。だが,ブリンクの会員は現在2万人という。旅窓の約300万人に比べれば1%もいない。これではシステム移行をしてまで,引き継ぐメリットを感じなかったのだろう。

ビジネス・モデルなき無料サービスの行方

 一方の老舗,稲畑産業は「“社会貢献”の気持ちで今後とも無料でブリンクを続けていく」という。Bフレッツの回線料金程度しかかからないので,現在の規模で細々とやっていく分には追加投資も必要なく,続けていけるだろう,というのである。

 とはいえ,いつまでも無料でサービスを続けていて,ある日,突然,サービスを止めてしまわないのだろうか? 昨今の経済情勢では,お金にならないものは止めるという経営判断があっても,全くおかしくない。筆者としてはユーザー課金なり広告収入なりで,ビジネス・モデルが見えている方が安心して使える気もするのである。もっとも2万ユーザーでは広告は付かないだろうが・・・

 この筆者の疑問に対しては「無料だから止められない,ということもあるだろう」という回答が返ってきた。また,課金システムを作るコストを考えたら,今のままで運営していく方が安上がりだそうである。

 稲畑産業は,ブリンクのシステムを社内ネットで使おうとしている。ブリンクにかかわる国内特許は同社が持っているため,その技術を応用することが可能なのだという。

 ブリンクはHTMLページだけでなく,写真,動画に加えて,PDFファイルだろうが,Excelファイルだろうが,なんでも登録しておくことができる。関連検索によって,ほかの人が蓄えているドキュメントを見つけることができる。社内のパソコンに埋もれているリソースを共有するためにブリンクの技術を応用したシステムを開発するという。データを活用できる形にしてデータを知識に替えるのが目標だ。稲畑産業なりのナレッジマネジメント計画が進み出しているようである。

 こうしたシステムができたら,パッケージ化して外販し,収入を上げれば良いのにと素人考えでは思うのだが,稲畑産業はガツガツしていない。うまくシステムができたら,改めて外販が可能かどうかを考えるという。

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 ブリンクは万能ナビゲータではない。フォルダ分けして階層が深いところに入っている場合は3,4回クリックしないとたどり着かない。まだ登録していないサイトは当然自分のブックマークに入っていないので,Googleなどの検索サイトで探さなくてはならない。もちろんGoogleで検索した,めぼしいサイトは即,Blink It!で登録するのだが。

 楽天には見捨てられてしまったものの,ブリンクはADSLや光ファイバ接続が広まった今でこそ,もっと使われて良いサービスだと思う。「こんなサービスが欲しかった!」という方はぜひ,アクセスしてみていただきたい。もっとも,IT Pro読者が一挙にブリンクに押しかけては,細々とやっているブリンクはパンクしてしまうかもしれない。本当に興味ある方以外はアクセスを控えていただきたいな,というのが,1ユーザーとしての本音でもあるのだが・・・

(和田 英一=IT Pro副編集長)