今年の春以降,IP電話サービスを手がける通信事業者が一気に増えた。NTTコミュニケーションズ,KDDI,日本テレコム,ニフティ,NEC・・・。その数は,70社を突破。すでに自宅でIP電話を使っている読者も多いことだろう。そういう筆者も今年2月,某インターネット接続事業者(プロバイダ)のIP電話に加入した。

 千葉県に住む筆者の場合,料金が「全国一律」のメリットは大きい。千葉とはいえ,北西部の西端なので東京とは川を1本隔てているだけ。事実上,東京に住んでいるようなものである(と自分では思っている)。だが東京への電話は「市外」扱い。自宅から都内の取材先などに電話をかける機会も多く, IP電話を使い始める前は月に数千円は消えていた。IP電話を使い始めてから半年,節約できた電話代は約1万5000円だった。音質や使い勝手で苦労したことはほとんどなかったし,一応,IP電話の利用は正解だったと考えている。

光ファイバに切り替えてNTT電話を解約したい

 IP電話では着信できないので,今はNTTの加入電話(以下NTT電話)を併用している。そもそも伝送路にADSL(ディジタル加入者線)を使っているので,NTT電話を解約するメリットがあまりない。ADSLでは,NTT電話を解約しても「電話線の使用料」に相当する基本料は必要である。

 ただこの10月にも,いよいよIP電話で着信できるようになる。そのタイミングに合わせ,ADSLから光ファイバに切り替えて,それと同時にNTT電話を解約しようと計画している。今使っている電話番号「047-xxxx-xxxx」を返上し, IP電話用に割り当てられた専用の番号「050」に一本化する。NTT電話を解約すると,緊急電話・フリーダイヤルなどが使えなくなるが,これらの制限は筆者の場合は問題なし。携帯電話で代替できる場合が多いからだ。

 光ファイバを使えば,現在支払っている電話基本料とプッシュ回線使用などの付加サービス使用料を合わせて2000円以上が浮く。これは,ADSLから光ファイバに変えることによる月額費用のアップ分と大差なし。追加コストがほとんどないのに,データ通信速度を60倍に高められる。光ファイバ敷設の工事費は,今はキャンペーン中で無料だ。しかも,電話加入権をオークションなどで売却すれば,2万円程度が手に入りそう。

高い電話代を友人に強いるのはちょっと・・・

 ただ,1つだけ気がかりなことがある。頻繁に電話をかけてくれる近くの友人に,今までより高い電話代を強いることになりそうなのだ。友人はIP電話を使っていない。こちらから相手にかける場合は良いのだが,相手が筆者宅にかけた場合,電話代は今までより高くなってしまう。

 IP電話からNTT電話にかける通話料は,3分7~8円である。ところが,NTT電話から050番号のIP電話にかけた場合,3分10~12円になりそうなのだ。NTT電話同士の市内通話は3分8.4~8.5円なので,筆者がNTT電話を解約すると,それだけで友人が支払う電話代は一気に2割~4割くらいアップしてしまう。

 友人に,こう言わなければならない。「新しい番号に変わったのでアドレス帳に登録し直してよ。IP電話って言って,時々音質が悪くなるかも知れないけど,電話代が安いんだよ。でも,そっちからかける場合は,今までより高くなるんだ」。友人はどう思うだろうか。やはり,良心の呵責(かしゃく)を感じてしまう。何も言わずに新しい番号だけ伝えるのも勇気がいるし。

IP電話会社が接続料を安くしようとしない

 このように,電話をかける方向によって料金が異なるのは,料金を設定・徴収する電話会社が,向きによって違うからである。IP電話からNTT電話にかける場合の通話料金は,IP電話各社が決める。この通話料は,IP電話会社がIP電話ユーザーから受け取る。IP電話各社は,ユーザー獲得のために,料金を下げざるを得ない。Yahoo! BBの「BBフォン」に対抗せざるを得ないのが現状で,各社とも3分7~8円と,かなり安い水準で落ち着いている。

 一方,NTT電話からIP電話にかける場合,ユーザーから料金を受け取るのは,東西NTTである。料金を決めるのも東西NTT。したがってIP電話会社は,値下げ競争を繰り広げる必要がない。IP電話会社に入る収入は,IP電話ユーザーから徴収する料金ではなく,NTTから受け取る「IP電話接続料」だけである。建前上,このIP電話接続料は,IP電話会社が着信にかかるコストを発信側のNTTに負担させるものだ。IP電話会社が,この接続料を安くしても自社のユーザーを増やせるわけではない。

 NTT側とIP電話会社側の長い交渉の結果,IP電話接続料は,逆向きの「NTT電話接続料」(IP電話からNTT電話にかける際にIP電話会社がNTTに支払う接続料)と同じか少し上回る,3分当たり5.36~6強円という値でほぼ決着した。つまり東西NTTは,この5.36~6強円というコストに,自社網のコストや営業費,利潤を加えた値を,NTT電話からIP電話にかける際の通話料とする(厳密には,通話時間によってコスト計算は変わってくるため単純な足し算ではないが)。業界関係者によると,それが3分10~12円程度になるという。

 もしIP電話会社が競ってIP電話接続料を値下げすれば,NTTが支払うコストがそれだけ下がるため,NTT電話からIP電話にかける通話料も安くなりそうである。だが現在の枠組みでは,IP電話会社が接続料を競って値下げするということは起こらない。加入者線のシェアを99%以上持つ東西NTTの場合,他社から徴収する「NTT電話の接続料」の算出方法は,制度で決められている。毎年,NTT電話網を通過した通話の量をベースに電話網の設備コストを再計算する仕組みで,NTTが接続料を好き勝手に決めらない。しかしその逆のIP電話会社の場合,設備コストを厳密に計算する必要はない。

 以上に見てきたのが,筆者がNTT電話を解約するのをためらってしまう最大の理由である。だが実はこのほかにも,気になるIP電話の欠点・課題がある。例えば,

【IP電話同士でも,通話が有料になってしまうの?】

 現在のIP電話事業者は,ソフトバンクBBを除けば,IP電話用のインフラ(番号管理や呼制御サーバーの運用)を手掛ける“IP電話卸事業者”と,それを仕入れて,自社の利用者にIP電話サービスを提供するプロバイダとに分かれている。NTTコム,日本テレコム・KDDI・パワードコム,ぷららネットワークスなどは卸事業と小売りの両方を手掛け,NECやニフティなど多くのプロバイダはこれらのインフラを活用してサービスを展開している。

 同じ卸事業者同士ならIP電話の通話料は無料。KDDI,日本テレコム,パワードコムの3卸事業者だけは相互接続により,無料通話が可能になっている。しかし他の卸事業者では,同じプロバイダの加入者同士であっても,IP電話で通話できないのが現状である。この制限を取り除くため,NTTコムは他の卸事業者とIP電話網を相互接続する交渉を始めた。それ自体はユーザーとして歓迎すべきことである。

 ところが,その料金は3分8円程度と,有料になるらしい。あれ?  IP電話同士なら無料じゃないの? IP電話同士が3分8円では,NTT電話にかけるのと同じではないか!。有料にする1つの理由は,前述した「IP電話接続料」を相互接続相手のIP電話会社に支払う必要があることだという。NTT電話網とIP電話網がつないだときに,IP電話会社がNTTから接続料を受け取るのと同じように,IP電話網同士の相互接続でも,同じ接続料を受け取らなければならないのだという。

インターネットのルールがなぜ適用できないのか?

 おかしい。たとえ,IP電話接続料が必要でも,相手もIP電話事業者なのだから,“ちゃら”にできないのか? 普通,大手プロバイダ同士が互いのIP網を相互接続するとき,「ピアリング」って言って,ちゃらで接続しているではないか? それと同じルールをなぜIP電話では適用できないのだろうか?

 いやいや,それ以前に,IP電話の場合,卸会社が必要になるのは,電話をかけてから通話回線がつながるまでの間だけではないか? いったんIP電話の通話回線が決まったら,卸会社の網なんて通らずに,プロバイダ同士が直接,IP電話トラフィックをやり取りするではないか。大手プロバイダ同士は相互接続しているのが普通なんだから・・・。どうして従量課金になってしまうのだろうか? 実は,IP電話の通話料で儲けたいってのが本音ではないのか?

【呼制御サーバーの負荷は大丈夫?】

 まだ,ほかにも課題はある。IP電話会社は,電話番号などを管理する「呼制御サーバー」を使って,通話回線を集中制御している。呼制御とは,電話をかける発信者が番号を入力してから相手との間で通話回線が設定されるまでに電話交換機などがやり取りする制御の仕組みのこと。従来のNTTの電話網は,電話をかける際の呼制御のプロセスを各電話交換機が分散処理していた。だがIP電話では集中制御なのでサーバー障害時の影響が大きい。大災害発生時など,電話をかけるユーザーが急増すれば,サーバーへ処理負荷は集中する。各社ともサーバーを2重化するなどの対策を施しているが,どのくらいのトラフィックに耐えられるのか。

【「03」などの従来の番号体系を使いにくい?】

 電話番号を,IP電話の「050」番号に切り替えると不便な点が出てくる。「申し込みや審査を受け付けない」というクレジット・カード会社もある。企業にとっては,名刺などに刷った従来の「03番号」を,すべて050に印刷し直すのは大変である。東西NTTやフュージョン・コミュニケーションズは,この問題を解決したという。制限はないのか? 他社はどうなのか。

 これらは,IP電話の課題や疑問のほんの一部である。もちろん課題以上に,IP電話にはメリットが大きいのも確か。IP電話をより効果的に使いこなすには,利点や欠点をはっきりと理解しておく必要があるだろう。

(米田 正明=日経コミュニケーション副編集長兼編集委員)

 日経コミュニケーションは,こうしたIP電話の効果や課題,最新動向や使いこなし術などを1冊の本にまとめた。「企業のためのIP電話大全」は,ADSLやFTTH(fiber to the homne)利用のIP電話だけではなく,企業が使うIPセントレックス・サービスや,基本的なVoIP(voice over IP)の技術まで,豊富な事例と詳しく分かりやすい図表とともに解説する。詳しくは,こちらをご覧いただきたい。9月22日に発行する。