東京都・神奈川県を主な商圏とする第二地方銀行の八千代銀行が,5月の連休明けに新勘定系システムを稼働させたことは,読者の記憶にも新しいところだろう(関連記事)。オープン・サーバーとリレーショナル・データベース(RDB)の採用,オブジェクト指向への取り組みなど,金融機関の勘定系システムの常識を破る,極めて挑戦的な取り組みを成功させた。稼働初日にシステム障害が発生したことも――自慢できる事態ではないが――新勘定系システムを世の中に印象付けるのに一役買った(関連記事)。BizTechをはじめとする数多くのメディアが記事に取り上げることになった。

  写真●八千代銀行の小泉副頭取
  八千代銀行の小泉副頭取

 しかし,この新勘定系システム構築プロジェクトを推進した,一人の“システム屋”の存在は,あまり知られていない。八千代銀行で副頭取を務める小泉次郎氏(写真)である。小泉副頭取は,八千代銀行のシステム部門を率いる総帥。極めて挑戦的,見様によっては“無謀”とも言えるプロジェクトへの取り組みを決断した張本人である。

 今回の記者の眼では上下2回に分けて,この小泉副頭取にスポットを当て,同副頭取がなぜこうした決断ができたのかを掘り起こす。

システムのライフサイクルを長くすることが目的

 小泉副頭取は,新勘定系システムの構築に挑戦した理由を,「システムのライフサイクルを,より長くすることができると判断したから」と説明する。システムのライフサイクルを伸ばすことができれば,その分だけシステム・コストを抑制することができ,業績を下支えすることができる。業績の低迷に苦しむ金融機関にとって,コストの削減は喫緊(きっきん)の課題だ。八千代銀行にとっても,もちろん例外ではない。

 実は八千代銀行は,1977年に第2次オンライン・システムを稼働させて以来この5月まで,25年間にわたってこの旧勘定系システムを使い続けてきた。「システム・コストは,償却が済む6年目以降,ぐっと安くなる。新勘定系システムが稼働する直前は,他行の半分くらいの負担で済んでいたのではないだろうか」(小泉副頭取)。この恩恵を新勘定系システムにも再び求めようというわけだった。

オープン・サーバーは必要に応じて拡張,RDBは追加・変更が容易

 小泉副頭取は新勘定系システムにおいて,サーバー,データベース,業務アプリケーションそれぞれの分野で長寿効果を求めた。サーバーにはNECのUNIXサーバーを全面的に採用した。市場における競争の激化を受け,価格が低下傾向にあることを重視したためだ。「ユーザー企業が限定されてきているメインフレームは,価格が高止まりする可能性が高い。当行のような中小企業では,価格の高いメインフレームを長期間にわたって使い続けていくことは難しい」(小泉副頭取)。

 データベースには,日本オラクルのRDB,「Oracle」を選んだ。「構造がシンプルなので,データ追加や変更が容易にできる」(同)。メンテナンスが容易な点を評価した。

 これらのプラットフォーム上で稼働する業務アプリケーションは,NECが開発したパッケージ・ソフト「BankingWeb21」をベースに開発した。BankingWeb21は,複数の部品を組み合わせてシステムを構築する「オブジェクト指向」技術を採用している。銀行の業務や金融商品に変更が生じても,関連する部品だけを取り替えればよいので,メンテナビリティに優れる。

 システムのライフサイクルを伸ばすための理屈としては,どれも筋の通った話である。しかし八千代銀行が選んだ選択肢は,これまでの勘定系システムの常識に照らすと“無謀”とも映る判断でもあった。

 ハードはメインフレームを利用するのが,これまでの勘定系システムの常識だ。いや,今後も当分は,常識であり続ける。現在,地銀向けの勘定系システム構築に取り組んでいるNTTデータのある幹部は,「大きな流れはオープン。しかし,いま現在,ハードに何を選ぶかといったらメインフレーム。やはり,信頼性において大きな差がある」と漏らす。

 勘定系システムにおいて,信頼性は何ものにも代えられない“生命線”である。NTTデータ幹部の発言は,メインフレームを販売するメーカーのものでないだけに信ぴょう性がある。

 オブジェクト指向も,考え方としては以前からあるものの,この考え方を実現した業務アプリケーションというのは,そう多くはない。オブジェクト指向は,言うは易し,行なうは難し,の考え方なのである。ただでさえ実装が難しい考え方なのに,BankingWeb21は部品数が5万個にも上る。部品数が多ければ多いほど,複雑さも増す。

 さらに八千代銀行は,BankingWeb21のファースト・ユーザーとして採用を決めた。採用を決めた時点では,BankingWeb21はきちんと稼働する保証すらなかった。

オブジェクト指向を難しく考えすぎていた

 小泉副頭取は,なぜ,このような挑戦的な決断ができたのか。この質問に対して同副頭取は,あるエピソードを挙げて答えてくれた。

 筑波大学のある教授を中心とする,異業種のIT(情報技術)担当者が集まる勉強会があった。小泉副頭取が,その勉強会に参加したところ,「あるパソコン用ソフト開発会社の女性技術者が『オブジェクト指向なんて難しくはない。オムレツを注文したら,オムレツが出てくるようにすればよいだけ』と教えてくれた。この言葉で目が覚めた。なんだ,重要なのはカプセル化で,入力と出力がきっちりすることが大事。プログラムの中身の詳細にこだわる必要はない。オムレツの作り方やレシピはさして重要ではない,ということに気がついた」という。

 この女性技術者の言葉が,小泉副頭取の背中を押してくれたわけだ。「それまでは,オブジェクト指向の欠点ばかりに目が行っていた」。結果として八千代銀行は,システム設計は従来型の方法を採り,プログラム工程にのみオブジェクト指向の考え方を取り入れるようにした。

 オープン・サーバーの採用については,NECの取り組みが決断を促したという。八千代銀行が新勘定系システムの開発計画を検討していた1997年当時,NECはすでに,KDD(現在のKDDI)においてUNIXサーバー約80台からなる基幹系システム「統合KISS」の開発に取り組んでいた。メインフレーム6台をリプレースするプロジェクトである。1999年10月,このシステムは稼働した。

 八千代銀行が評価したとおり,NECはその後も,オープン・サーバーをプラットフォームとする大規模な基幹系システムを順次,稼働させていった。三井住友銀行の営業店ハブ・システム,三井住友海上の統合ハブ・システム,NTTドコモのiモード用システムなどが,その代表例だ。

(森 永輔=BizTech副編集長)

■この記事は,BizTechイノベーターのコラム「視点」に掲載した記事を転載したものです。