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知的財産権は誰のためにあるのか

2003/09/04

 ありふれた技術を応用してアプリケーションを開発,販売した。その後,突然,ほかの会社から「御社の製品は弊社が所有する特許権を侵害している」という警告状が届いた。誰もが使っている技術なのに・・・。

 ──「休眠特許」や「サブマリン特許」などと呼ばれる特許によって,ありふれた技術がある日突然自由に使えなくなる。近年,そうしたことはもはや珍しいことではなくなった。

ソフト技術者にも特許の知識は欠かせない

 こうした例で有名なのは,画像ファイル形式のGIFに関するものだ。GIF画像やtiff-LZWを扱うソフトウエアを勝手に作って配布すると,米Unisysの特許を侵害することになる。Unisys社は,GIF画像を作成・表示するのに使用されているLZW(Lempel Ziv Welch)というデータ圧縮アルゴリズムの特許を1985年に取得したが,当時は非営利目的に使用する場合はライセンスが不要だとしていた。ところがUnisys社は1999年に方針を変えて,非営利目的であってもLZWを使うにはライセンスが必要と言い出した。フリーウエアの作者たちが猛反発したことを覚えている方も多いだろう。

 2002年7月には,同じく画像圧縮形式のJPEGに関して,米Forgent Networksが基本特許を所有していると主張し,同技術を利用する企業に対してライセンス料の支払いを求める活動を始めた。「特許技術だと分かっていたら,こんなに普及しなかったはずだ!」と言い出したくなる気持ちは分かるが,すでに同社に高額なライセンス料を支払った日本企業がある。

 国内では,カシオ計算機が所有する「マルチウインドウ表示」技術に関する特許権を侵害したとして,Windowsパソコンなどを販売するソーテックを訴えた事件があった。マルチウインドウ表示とは,ディスプレイ上の複数のウインドウをあらかじめ指定した配置に見やすく表示するという技術で,同様の仕組みはWindowsやMac OSなどに標準で搭載されている。結局,2003年4月東京地裁の判決でカシオの主張は退けられたが,ウインドウを整列表示する技術に特許が認められていたこと自体に驚いた。

 いずれにせよ,今やソフト技術者やプログラマは,ソフトウエアの著作権や特許といった知的財産権について無関心ではいられないということだ。そこで,日経ソフトウエア10月号では,オンダ国際特許事務所の協力を得て「ソフト開発の著作権と特許を知ろう」という特集記事を掲載した。

 「開発したソフトウエアの著作権は誰のものか」といった基礎解説から,「特許をより早く取得するには」「特許侵害と警告されたらどうするか」といった実用的な情報までを読みやすくまとめたつもりだ。「APIに含まれる1つの関数にバグがあったので,その関数だけ自作のものに置き換えたいが問題はないか」「ドキュメントやソース・コードがなくなった古いシステムを機能改善するために,リバース・エンジニアリング(逆アセンブル)することは許されるのか」など,ソフト開発者が遭遇する可能性のある問題もQ&A形式で解説している。興味がある方はぜひ読んでいただきたい。

 会社に法務部門や専任の弁護士がいるとしても,ソフト技術者がこうしたことを覚えておくことは決して損にはならない。システム開発やパッケージ販売だけでなく,ソフトウエア特許やビジネスモデル特許で稼ぐこともできる(あるいは損害を受ける)時代なのだ。知識武装をしておくに越したことはない。

野球チーム以外の“阪神”が優勝するのか?

 ここでは特集記事で触れられなかった疑問について論じてみたい。ちょうど特集記事の執筆中に,千葉県で衣料品販売を営む個人の男性が「阪神優勝」という商標を登録していたというニュースが話題になった。商標が登録されている以上,阪神タイガースが優勝しても,球団は「阪神優勝」と記載した衣料や玩具を勝手に販売することはできない。現在,その男性と球団との間で商標譲渡などに関する交渉が進んでいるようだ。

 男性は,今年のように阪神タイガースの優勝が現実味を帯びてからではなく,2001年3月に特許庁に商標登録を出願したというから,本当に阪神ファンだったのだろう。しかも正当な手続きに則って商標を得たわけであり,それ自体に何ら問題はない。

 私が疑問に感じたのは,なぜ特許庁はどうみても特定チームを指すとしか思えない用語を商標として許可したのか,という点にある。

 商標登録にはいくつかの条件がある。例えば,自他商品識別力のないもの,つまり,商品やサービス名として特徴的でないもの=ありふれた名称ではダメということだ。そのほか,他人の氏名や芸名などを使ったもの,他人の業務と紛らわしいもの(有名な会社の名前などを使ったもの)もダメだ。

 だとすると,特許庁の審査官が「阪神優勝」を個人に認めた理由がよく分からない。この場合の阪神は,阪神タイガースではなく地域を指すという判断なのだろうか。確かに「東京優勝」であれば認められてもおかしくないかもしれない。しかし,阪神の後に優勝と続いたら,日本人の多くは有名な野球チームを想像するだろう。

 前述のマルチウインドウ技術のように,すでに特許や商標を得ていたとしても,裁判で無効になるケースもある。だからといって,多少審査が甘くても問題ないというわけにはいかないだろう。もちろん,審査官は毎日のように出願される案件を,膨大な過去のデータと見比べながら真剣に審査していることと思う。特に,最先端のIT技術の特許審査などでは,大変な苦労をされていることだろう。特許出願から取得までに2年から3年という長い時間がかかるのも納得できる面がある。

 しかし,だからこそ,そうした長い審査を経て,いかにもありふれた技術や今さら感のある技術にいきなり特許が認められたりすると,驚くと同時に「なぜ?」という疑問を感じるのだ。その技術は「新規性」や「進歩性」といった特許の条件を本当に満たしているのかと。その背景には,出願した企業の長年の努力や弁理士/弁護士の優れた手腕があるのかもしれない。また,審査の過程をよく知りもせずに,文句を言うのは筋違いかもしれないが。

強まる“とりあえず出願”の風潮

 その一方で,ソフトウエアの著作権侵害に関するいくつかの事例を見ると,著作権で保護される範囲は思いのほか狭いということに気付く。著作権法で認められる著作物とは,「思想または感情を創作的に表現したもの」と定義されている。つまり,プログラムの場合であれば,その指令の組み合わせに創作性がなければ著作物として認められない。

 2002年のサイボウズ事件では,著作権を侵害されたと主張するユーザー・インタフェースが創作的表現といえないとして,著作権侵害が否定されたのは記憶に新しい(関連記事)。ビジネス・ソフトウエアの表示画面のような機能性が重視されるものは,使い勝手を工夫するとおのずと似たものにならざるを得ないというのだ。常にユーザーの使い勝手を考えてユーザー・インタフェースを工夫しているソフト技術者の立場からすると,なかなか納得しがたい面がある。

 結局,少しでも真似をされるのがイヤなら特許や商標を出願しなさい,ということになってしまう。実際,前述の通り,これは通らないかもしれないと思えるような技術や商標でも,出願してみると意外に認められることがあるのだ。「とりあえず出してしまえ」という風潮が生まれるのも仕方がない。

倍額になる出願審査請求料は中小企業の負担にならないか

 ところで,2004年4月1日に施行される法改正により,特許の出願審査請求料が値上がりする。現在,10万円程度のものが2倍の約20万円になる見込みである。その目的の1つは,実質的に利用されることのない特許出願まで審査請求をする大企業を中心とした特許出願や審査請求を抑制することにあるという。「とりあえず出してしまえ」を少しでも抑えようというわけだ。

 しかし,この値上げは大企業に対する抑制効果以上に,中小企業の負担増になるという意見も多い。小泉政権の言う「知財立国構想」を推進するには,国内の中小企業が独自に編み出した創意工夫の技術こそ特許で保護すべきであろう。もともと特許などを出願する余裕があまりない上に,さらに審査請求料が値上がりするというのでは,国内の中小企業が“知財”で生き延びるのはなかなか難しい。国や特許庁は,無駄な出願を抑制すると同時に,特許による保護が本当に必要な人たちへの救済措置も考えてほしい。

(道本 健二=日経ソフトウエア副編集長)

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